乳がんは乳房に発症する悪性の腫瘍で1998年以降、日本人女性がかかるがんのトップを占めています。しかし早期発見・治療を行えば、局所の治療だけで済み、治るがんです。主な症状は胸のしこり(乳房内にある小さな腫瘤)で、表面がでこぼこして硬く、痛みを伴わないのが特徴です。治療は病変部周囲を切除する手術が中心で、最近は乳房温存手術が主流です。一般に乳がんの診察・治療・手術は外科(乳腺外科)で行います。
産婦人科医・医学博士。1984年弘前大学医学部卒業後、東京大学医学部産婦人科学教室助手、東京都立墨東病院総合周産期センター産婦人科医長などを経て、2002年に「ウィミンズ・ウェルネス銀座クリニック」を開院。女性のための総合医療を実現するためにNPO法人「女性医療ネットワーク」を設立(現理事長)。様々な情報提供、啓発活動、政策提言などを行っている。
乳がんが発症する詳しいメカニズムはまだ分かっていません。しかし女性ホルモンのエストロゲンやプロゲステロンの刺激が関係していることは知られています。
遺伝的要素も強く、乳がんの発生を抑える特殊な遺伝子が見つかり、乳がんにかかる人の多くは、その遺伝子が欠損していることも分かっています。加齢による免疫力の低下や原因不明の場合もあります。
女性の乳がん罹患者は40代後半~60代にピークを迎えます。この一因として考えられるのが、閉経後の肥満です。閉経すると卵巣からのエストロゲン分泌はなくなりますが、脂肪細胞から悪玉エストロゲンが分泌されるようになります。閉経後は代謝が低下し、太りやすくなるので注意しましょう。
乳がんの発症には遺伝的な要素もあり、母親や姉妹、おばなど、近親者に乳がんにかかった人がいる場合、本人の発症リスクも高くなります。そのような人は通常の人より乳がんの発症率が高いことを認識し、後述の予防策を積極的に行うようにしましょう。
乳がんのリスクが高いのはこんな人
乳がんはストレスの影響を受けやすいともいわれています。現代女性は家庭や仕事上のストレスを多く抱えるあまり、ストレスを上手に回避できない状況も増えており、そうしたことも乳がん発生の誘因となっているかもしれません。
初期の乳がんには自覚症状が全くありません。しかし進行すると乳房を触った時に、しこりは気づけるほどの大きさになります。
しこりがあるからといって、全てが乳がんであるとは限りません。線維腺腫など良性のもののこともあれば、生理前には健康な人でも乳房が張ったり、乳房にしこりを感じたりすることがあります。肋骨をしこりと勘違いする人もいます。しこりの自覚を訴えて精密検査を受けた人で、乳がんが見つかるケースは約100人に1人です。けれども、しこりを自覚した時に受診するのでは、もしそれが乳がんだとしたらかなり進行した状態になってしまいます。しこりになる前に乳がんを見つけるのが何より大事。ですから、定期的な乳がん検診=画像による検診は欠かせないのです。
乳がんの症状には、次のような特徴があります。
乳がんが乳房の皮膚の近くにまで広がると、下記のような症状が現われることもあります。
また乳がんは乳房の近くのリンパ節である、わきの下や胸、胸骨のそば、鎖骨上に転移しやすい傾向があり、そこに転移すると、わきの下などにしこりができたり、腕がむくんだり、腕に向かう神経が圧迫されて腕がしびれたりすることがあります。これは、がんがかなり進んだ状態です。
もしも、しこりを見つけたり、乳頭から分泌物が出たりといった気がかりな症状があれば、すぐに医療機関を受診してください。なお、受診するのは乳腺外科です。女性特有の病気というと産婦人科を思い浮かべることが多いですが、日本では乳がんは外科です。近くの医療機関に乳腺外科がない場合は、外科や放射線外科に専門医が在籍していることもあります。問い合わせてみましょう。
検査の結果、乳がんと診断されたら、MRI(磁気共鳴画像)検査や針生検(組織診)などで、がんの広がり具合や転院の有無などを調べます。なお乳がんは大きく下記の3つに分類されます。
乳がんであることが分かったら、多くの場合、病巣を取り除く手術が行われます。がんの場所や進行の度合いなどによって可能な治療法は違いますが、基本は標準治療、つまり手術の他に放射線療法や抗がん剤療法、ホルモン療法などを併用する方法です。例えば早期の乳がんであれば、次のような手術を行います。
どのような治療法が適切かは、乳がんの種類や進み具合などによって異なります。病気の状態を踏まえた上で、何を優先したいかを主治医にも伝え、十分に相談して決めましょう。
これまでも、乳がんの人の多くが自分で乳房のしこりを発見して病院を訪ねているように、乳房のセルフチェックを習慣化することは、予防や早期発見につながります。
チェックは毎日行うのが理想ですが、最低でも月1回は行うようにしましょう。ベストなタイミングは生理が終わってから1週間くらい。この時期の乳房はホルモンバランスの変化による胸の張りが治まり、しこりが見つけやすい状態になっています。入浴前、裸になった時に鏡の前でチェックしましょう。しこりの有無と共に乳房の形や皮膚の色なども調べるようにしてください。
具体的な方法ですが、まず鏡の前に立って腕を下ろして調べた後、腰に手をあてて前かがみになったり、両手を上げたりして皮膚のひきつりなどをチェックします。そして体を洗う時、乳房を両手のひら全体で滑らせるように触ってしこりの有無などを調べます。乳房が大きい人は湯船に乳房を浮かせて触るとよいでしょう。さらに寝る前、布団にあお向けになった状態で乳房を触って確認しましょう。
症状がなくても1〜2年に1回は、乳がん画像診断を受ける習慣をつけましょう。
マンモグラフィーは乳がんの予防や早期発見に有用ですが、一方で過剰診断や検診時の放射線リスクなども問題になっています。40歳を過ぎた人や20代、30代であっても母親や姉妹、おばなど近親者が乳がんを発症している人は毎年1回のマンモグラフィーをおすすめしますが、それ以外の人や、乳腺が発達したデンスブレスト(高濃度乳房)の人は超音波検査を主体にしましょう。デンスブレストかどうかは、30代のうちに一度マンモグラフィーを受けて診断してもらいましょう。
検診の結果、もしくはセルフチェックの際にいつもと違う感じがあれば、すぐに乳腺外科を受診しましょう。
最も大事なのは、自分の乳房の状態に合った乳がん検診を「受け続けること」です。
乳房にしこりがあっても約9割は良性のしこりや正常の範囲内といわれ、乳がんよりもずっと多いのです。加えて乳がんは早期発見・手術を行えば、約9割の人が治ります。発見した途端、命に関わるような乳がんはありません。したがって、しこりを見つけても決してむやみに怖がらず、まずはきちんと検査を受けましょう。それが乳がんと向き合う第一歩といえます。