不妊治療が保険適用に!何が変わった?メリットやデメリット、課題は

2022年4月より不妊治療が公的医療保険の適用対象になりました。これにより具体的にどんなことが変わるのでしょうか。保険適用によって生じるメリットやデメリット、そして今後の課題について、日本の生殖医療のパイオニアである、医師の吉村泰典先生にうかがいました。

監修プロフィール
慶應義塾大学名誉教授 よしむら・やすのり 吉村 泰典 先生

1975年に慶應義塾大学医学部を卒業。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長、日本産科婦人科内視鏡学会理事長など多くの学会理事を歴任。現在は慶應義塾大学名誉教授、一般社団法人吉村やすのり生命(いのち)の環境研究所代表理事などを務める。

不妊治療が保険適用になった背景

不妊治療に訪れるカップル

少子化は日本社会の喫緊(きっきん)の課題といわれています。しかし晩婚化、さらにはコロナ禍の影響もあり、少子化は加速。2021年の出生数は過去最少の84万人(※1)となりました。

年々増加傾向にある、高額な不妊治療の治療費
 「子どもが欲しい」と思っていてもなかなか授からず、不妊治療をする人は少なくありません。しかし、不妊治療には高額な費用がかかります。厚生労働省研究班が2017年に行った調査(※2)によると、不妊治療にかかる平均費用は体外受精が1回当たり38万円、顕微授精が43万円とのことでした。また、支払った治療費の総額は100〜200万円未満が最も多く、300万円以上支払っている人も年々増加傾向にあるという調査結果もあります(※3)。高額な治療費が支障となり、子どもを授かること自体を諦めてしまう人がいると、少子化がさらに進むと考えられることから、不妊治療の治療費については解決すべき課題とされてきました。

(※1)厚生労働省「人口動態統計速報 令和3年12月分」
(※2)平成30年度厚生労働科学研究『「不妊に悩む方への特定治療支援事業」のあり方に関する医療政策的研究』
(※3)NPO 法人Fine(ファイン)「不妊治療と経済的負担に関するアンケート2018」

「不妊は治療すべき病態」という認識を広める必要性
 不妊治療の治療費が高額になっていたのは、国民健康保険などの公的医療保険が適用されない自由診療で行われてきたことが関係しています。自由診療には、新しい医療や医薬品に挑戦できるメリットがある一方で、治療費が高くなるというデメリットがあります。また「自由診療である=病気と認められていない」と捉えられることもあり、これまで不妊治療で通院されていた人の中には、治療をすることに後ろめたさを感じたり、仕事を休んで通院することを申し訳なく思ったりした人もいたはずです。公的医療保険で治療することができれば、「不妊は病態の一種であり、治療の対象である」ことが社会全体に広がっていくと考えられます。

今回、不妊治療の保険適用化が進んだことには、このような背景があると吉村先生は話します。

不妊治療の保険適用の範囲、条件とは?

不妊治療のうち、妊娠しやすいタイミングを狙って性交を図る「タイミング法」は、これまでも保険適用の対象でした。2022年4月からはそれに加えて人工授精と生殖補助医療(体外受精・顕微授精)にも保険が適用されるようになりました。

一般不妊治療のタイミング法、人工授精、生殖補助医療の採卵・採精、体外受精・顕微授精、受精卵・胚培養、胚凍結保存、胚移植にも保険適用の範囲に

出典:厚生労働省「不妊治療の保険適用に関するリーフレット

保険診療とセットで使える先進医療
 生殖補助医療の保険診療の範囲は、①採卵、②採精、③体外受精/顕微授精、④胚培養、⑤胚移植です。

生殖補助医療の保険診療の範囲は、①採卵、②採精、③体外受精/顕微授精、④胚培養、⑤胚移植

上記に加えて実施されることのある「オプション治療」についても、一部は保険適用になったり、保険治療と併用できるようになりました。例えば、④胚培養とセットで行う「タイムラプス(※4)」、⑤胚移植とセットで行う「子宮内膜刺激胚移植法(SEET法)(※5)」「子宮内膜擦過術(子宮内膜スクラッチ)(※6)」などは、現状では保険適用外ですが「先進医療」として、保険診療と組み合わせて実施することが可能です。

ただし、先進医療として承認された以外の技術を治療に用いると、公的健康保険による医療費負担は適用されなくなり、治療費は全額自己負担となります。

(※4)培養器に内蔵されたカメラで、胚培養中の胚を一定間隔で自動撮影することにより、培養器から取り出すことなく、正確な胚の評価が可能となる技術。
(※5)胚移植前に、胚の培養液を子宮に注入し、受精卵が着床しやすい状況をつくり出す方法。
(※6)胚移植を行う予定の前周期に、子宮内膜に意図的に小さな損傷を与えることで、翌周期に行う胚移植の着床を促す技術。

保険適用を受けるための条件
 保険適用内で不妊治療を受けるためには幾つかの条件を満たすことが必要です。条件をまとめた表がこちらです。

対象年齢

治療開始時の妻の年齢が43歳未満

保険適用回数

40歳未満:1子ごとに胚移植6回まで
40歳以上43歳未満:1子ごとに胚移植3回まで

婚姻関係の確認

以下のいずれかに該当すること
●婚姻関係にある
●事実婚である。事実婚の場合は、以下の確認が必要
・重婚でない(両者がそれぞれ他人と法律婚でない)こと
・同一世帯であること(同一世帯でない場合には、その理由について確認する)
・治療の結果、出生した子について認知を行う意向があること

●特定不妊治療費助成制度は終了
 不妊治療の保険適用化に伴い、これまで不妊治療の経済的負担の軽減を図るために行われていた特定不妊治療費助成制度は2022年3月で終了しました。ただし、現状は経過措置として、2022年3月までに採卵された卵子を移植する場合、年度をまたぐ1回の治療については、助成金の申請が可能となっています。

不妊治療が保険適用になることのメリット・デメリット

保険適用になることについては歓迎すべき面もあれば、これまであった利点がなくなってしまうという面もあります。不妊治療の保険適用におけるメリットとデメリットを吉村先生にうかがいました。

不妊治療の保険適用で得られたメリット

不妊治療の保険適用で得られたメリット

●治療の進め方の基準ができた
 病気の治療を保険診療で行えるようにするには「標準化」と呼ばれる、治療の方法・進め方の統一が必要です。一人ひとりに合わせたオーダーメイドの治療を行ってきた不妊治療では、その標準化が難しいといわれてきました。しかし今回、年齢や治療回数の制限などはあるものの、一定のレベルでの不妊治療の標準化ができたことは、喜ばしいことといえるでしょう。標準化されたことにより、治療の方法・進め方が分かりやすくなり、不妊治療を始めやすくなったと感じる人もいるかもしれません。

●経済的負担の軽減につながる
 最初にもお伝えしたように、これまで不妊治療は自由診療で行われていたため、治療費は全額自己負担でした。その高額な治療費が大きなハードルとなり、不妊治療を受けることや、体外受精・顕微授精といった生殖補助医療にステップアップすることを諦めていた人もいたはずです。保険適用になったことで、そうした経済的負担が軽減され、治療の選択肢も広がっていくと考えられるでしょう。

●不妊治療に対する社会的理解が広がる
 これまでは自由診療だったがゆえに「不妊は治療の対象である」という認識が社会に浸透せず、治療することへの理解を得にくい状況があったと考えられます。治療で仕事を休んだり、早退したりすることへの理解が職場から得られない人も多かったかもしれません。「不妊には治療が必要」という認識が社会全体に広がり、不妊治療への理解が進むことは、保険適用の大きなメリットのひとつといえるでしょう。

不妊治療の保険適用で生じたデメリット

不妊治療の保険適用で生じたデメリット

●助成制度の廃止により負担額が増えるケースがある
 保険診療化により経済的負担は全般的に軽くなると考えられていますが、保険診療や先進医療として認められていない治療法を必要とする人にとっては、負担額が大きく増加するケースがあります。現在の日本の法律では、歯科医療の一部以外は保険診療と自由診療を混ぜて治療をすること(混合診療)ができません。保険診療や先進医療として認められていない治療を1つでも行おうとすると、本来なら保険診療の対象だった分も含めて、全額自己負担になります。これまでは助成制度があったため、支払った治療費の一部が返ってきていましたが、それがなくなったことで実質的な経済負担が増えるケースも出てくるでしょう。

●受けられる医療に格差が生じやすい
 保険診療を行うと、それを保険診療の審査機関に申請する作業が必要になります。通常の保険診療以外に先進医療を行えば、それはまた別途申請が必要です。ある程度の規模の医療機関であれば、そうした申請作業は難なく行えるのですが、小さなクリニックでは申請作業が難しいこともあるでしょう。それゆえ、中には先進医療を行わないクリニックも出てくることが考えられます。

また、今回は先進医療として認められなかったものの、一定の治療効果があることが分かっている治療については、治療費全額自己負担の自由診療で行うしか、現時点では手段がありません。すると、高額な治療費を払える経済力のある人だけがそうした治療を受けられるという状況になることが大いに考えられるでしょう。

このように医療機関や経済状況によって受けられる治療に差が生じやすくなるのは、現状の不妊治療保険適用のデメリットであり、問題であるといえます。

●治療法の研究が足踏みする可能性も
 実は現在、世界中で行われている不妊治療法には、個人のクリニックで開発された技術が使われていることが少なくありません。それらが世界中に広まり、今日(こんにち)の生殖医療を支えています。このように不妊治療は、自由診療だったからこそ最新の医療を取り入れて、治療法を発展させてきた側面があります。保険適用になり標準化されることによって、そうした新たな治療の開発が進まなくなる可能性も考えられます。

不妊治療の保険適用、今後の課題

不妊治療の保険適用、今後の課題

吉村先生も「思っていたより、よい制度になっている」と話す不妊治療の保険適用ですが、今後、改善が必要とされる課題も幾つかあるそうです。どんな課題があるのか、詳しくうかがいました。

●保険診療と自由診療を組み合わせた「混合診療」の検討
 かなり考えられた制度にはなっているものの、保険診療だけでは十分な治療ができない患者さんは、やはり少なくありません。そうした状況を改善するために、この機会に保険診療と自由診療を組み合わせた「混合診療」を実現したほうがよいという声もあります。

ですが混合診療には患者の負担が不当に拡大したり、科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長したりする恐れがあるため、一定のルールの設定が不可欠といわれています。もしも実現させる場合、そのルールづくりが重要になってくるでしょう。

●年齢制限緩和の検討
 現在、不妊治療を保険診療で行うには、妻の年齢が43歳未満である必要があります。これは不妊治療の助成制度で設定されていた年齢制限を、ほぼそのまま踏襲したものです。妊娠には年齢が大きく影響することもあり、年齢制限があることを当たり前のように感じる人は多いかもしれません。しかし日本の国民皆保険制度では、「国民全員」を公的医療保険で保障することになっています。妊娠の確率があまり高くない、年齢の高い人であっても、治療の見込みがある以上、年齢制限については今後、検討や改善の必要があるでしょう。

●少子化対策としては別の施策が必要
 不妊治療の保険適用は少子化対策の一環という位置付けになっています。しかし、今の日本の少子化問題を解決するにはもっと別の、根本的な策を講じなければならないでしょう。治療費の保険適用による経済的負担の軽減や社会的理解を広げることは、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)(※7)の向上にはつながりますが、少子化の改善にはまだまだ別の施策が必要であると考えられます。

(※7)セクシュアリティ(性)に関することや、子どもを産むか産まないか、いつ・何人子どもをもつかといったことを全て自分で決められる権利のことです。英語のSexual and Reproductive Health and Rights、頭文字をとって「SRHR」と呼ばれ、日本語では「性と生殖に関する健康と権利」と訳されます。

不妊治療の保険適用は始まったばかり、これからに期待

不妊治療の保険適用は始まったばかり、これからに期待

保険適用は経済的負担の面でも、仕事との両立という面でも、不妊治療のハードルを下げると考えられます。治療や年齢に制限がかかるケースはあるものの、患者さんにとってはおおむねメリットのある制度といえるでしょう。

ただし、保険適用するからには年齢や経済的状況にかかわらず、「子どもを欲しいと思った人が、ほしいと思った時に」授かれるようにすることも必要です。

不妊治療の保険適用はまだ始まったばかりです。これからに期待していきましょう。


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