無理なく自然にできることを 見つめ直した50代 生き方を変えるヒントは いつも自分の中にある

無理なく自然にできることを
見つめ直した50代
生き方を変えるヒントは
いつも自分の中にある


唯一無二の「スープ作家」。それまでは無名の主婦ライターだった有賀薫さんは、デビュー数年で人気料理家の仲間入りを果たしました。


有賀 薫さん  スープ作家

有賀 薫(ありが・かおる)

1964年生まれ。メーカー勤務、ライターを経て、2011年から6年半、約2400日に亘って朝のスープを作り続ける。スープの実験室『スープ・ラボ』をはじめ、イベントや各種媒体で活躍中。著書に『365日のめざましスープ』(SBクリエイティブ)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう 1、2人分からすぐ作れる毎日レシピ』(文響社)、『スープ・レッスン』『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』(プレジデント社)がある。
note:note.com/kaorun/


人生を変えたきっかけは、大学受験を控えた息子さんのために作った毎朝のスープでした。スープを作り、写真を撮ってSNSに投稿。「受験が終わるまでの数ヶ月だけ続けてみよう」と考えたこの活動が息子さんの浪人という思いがけない事態で、あと1年続けることに。その結果、回数を重ねることで話題となり、有賀さんを有名人に至らしめるのです。

あの朝、息子さんのために作った“マッシュルームスープ”が人生の転機だったと振り返る有賀さん。SNSや書籍を通じて、「家でご飯を作ることの楽しさ」「家庭料理の価値」を伝えたいと、その活動の幅はどんどん広がっています。

「キャリアチェンジをしたいと思うけれど、今からでは遅すぎる?」
「子育てがひと段落したら、何かを始めてみたい。でも、何から手をつけたらいいかわからない」

人生100年時代といわれる中で、たくさんの人々が後半戦の生き方に迷いを抱いています。50代でキャリアチェンジを果たした有賀さんは、「人生の転機は必ずしもドラマティックなものではない」と言い、「答えは自分の中にありますよ」と教えてくれました。

輝く50代女性の新たなロールモデルとして、有賀さんに、自分の人生をしなやかに生きていくヒントをうかがいました。


思いがけないキャリアチェンジに、
自分が一番驚いた


自分自身を変えたい気持ちは、誰にでも、いくつになってもあるものだと思います。
私にもおぼろげにそんな気持ちがあったと思いますが、なろうと思って「スープ作家」になったわけではないので、今の状態に自分でもびっくりしているんです。

私は玩具メーカーに就職し、営業企画の仕事をしていました。文章を書いたり、絵を描いたりすることが好きだったので、3年ほどで会社を辞めてフリーランスのライターに。企業の社内資料から雑誌、WEB記事など、依頼された仕事はなんでもやりました。結婚してからは頼まれた仕事をこなすという感じで、バリバリやっていたというわけではありません。子育て、家でのご飯作りなど、暮らしを大切にしたいと思っていたので、仕事と家庭のこと、半々という感じでしょうか。
でも、どっちにも生き切れていないな……という感覚はずっとありました。

それがいつしか「スープ作家」として認知されるようになって、“取材をする側”から“される側”へと、思いがけずキャリアチェンジをすることになりました。


50代からは、「自分が得意なもの」を伸ばしたい

50代からは、
「自分が得意なもの」を伸ばしたい


大きな目標を立てると、挫折感が激しい。私も「料理の仕事をしてみたい」と考えたこともありますが、専門家はすでにたくさんいるから絶対に無理だと思っていました。でも、自分の好きなことを広げていくうちに、本を出版し、スープ作家として活動ができるようになりました。遠いものではなく、目の前にある目標をクリアしていくことで、少しずつたぐり寄せていったような感じです。

人生を変えようとする多くの人が、今の自分とは全く違うことを始めたり、かけ離れたモデルを探そうとしたりします。でも、人間50年も生きていれば、得意なことやできることは限られていると思うんです。例えば、今からオリンピック選手を目指すなんて、やっぱり無理ですよね。でも、自分がやったら、人よりも少し上手にできることって、誰にでもあると思う。
掃除や料理など、毎日続けていること、家庭の中に特技がある人もいる。何かいつも、呼吸をするようにできていること。やっているとしっくりくるな、と感じられること。そういう自分自身の性質に、変化のヒントはあるのではないでしょうか。

私にとってはそれが、スープ作りであり、文章を書くこと、絵を描くことでした。
会社員、ライター時代に見聞きしたこと、趣味で絵を描いてきたこと、主婦として家で積み重ねてきたこと、すべてが組み合わさって、今があります。

年齢を重ねると、どうしても「できないこと」に目を向けがちです。でも、「できること」を見た方が楽しいですよね。それは自分自身のストッパーを外すという感覚でしょうか。
自分の中にある何かを解放させるような考え方が、どこかで必要なのかもしれない。これは自分自身にも言い聞かせていることです。


新しい人間関係を恐れない


SNSへのスープの投稿を通じて増えた新しい友人たちは「有賀さんって、こういう人だよね」と新鮮な見方をしてくれて、とても刺激になりました。身内の視点ではない客観性のある新たな意見が、私自身を再発見させてくれて、キャリアチェンジを後押ししたのです。

いつも同じような人間関係の中だけにとどまっていると、「自分はこういう人間だ」という思い込みから抜け出しづらいですよね。思い切って違うところに行ってみると、思いがけない自分が見つかることがある。新しい人間関係で、価値観を共有できることは、人生の喜びにつながると思います。


「ミングル」で、みんなで料理を楽しもう


私が考案し、建築家の方に作ってもらった「ミングル」は、キッチン機能を持つコンパクトなダイニングテーブル。テーブルの中央にIHコンロを組み込み、食器洗い機や小さなシンクも付けてあります。「みんなでグルグル料理をする」と、英語の「交わる」をかけた名前です。


「ミングル」で、みんなで料理を楽しもう

私の実家は親戚がみんな近くに住んでいたので、いつも大勢で集まっては楽しくご飯を食べていました。実家があったのが渋谷の便利な場所だったこともあり、玄関を開けると靴がいっぱい。親戚だけでなくその友人、父の仕事関係の人などがいつも出入りしていました。母は大変だったと思いますが、私にとっては幸せな記憶。家庭と料理を思う時、この原風景がいつもあるのです。

「ミングル」を開発したのは、誰かと食卓を囲む楽しさを共有してほしいという思いから。1人でキッチンに立って料理をする孤独感からも、料理は手をかけなければというプレッシャーからも解放されて、気の合う人と簡単な料理をしながら、食事を楽しめたらいい。

わが家も、息子が独立して夫婦2人暮らしになりました。中央のコンロで野菜たっぷりのスープを温めながら、買ってきたお惣菜を並べて済ませることもあります。そういう簡単な食卓が肯定されるようなスタイルが広まるといいなと考えています。

今はこうしてスープが煮えていますが、鉄板を載せて、厚揚げを焼くだけでも楽しい。もちろん、ホットプレートやカセットコンロでもいいんです。誰かと食事をしながら、会話をする。子どもたちと料理をする。そんな心が温まる時間を、もっと楽しんで欲しいと思います。


これからもやりたいことがいっぱい


去年から、「スープ旅」と名付けた旅をしています。
あちこちに旅をして、各地にある郷土の汁物や食材を探し、そこからインスパイアされたスープを作るというもの。いろんなところへ出かけて、暮らしの中にあるものを新しい角度から眺め、皆さんに新鮮な形でお伝えできたらいいなと思います。そして、これからも書籍を作り続けると思いますが、今後は、企画からしっかりと取り組んだ本作りをしてみたいです。「売れる本」ももちろん大事だと思いますが、思い切りマニアックな本も作ってみたいですね。

自分で作った「スープ作家」という職業ですが、私は「料理家」でも、「スープ研究家」でもないと思っています。強いていえば、スープとは何かを考えている人。日々「スープを通じて私が伝えたいことは何だろう」と自身に問いかけているので「スープ作家」なのです。


これからもやりたいことがいっぱい

家でご飯を作る人をもっと増やしたい。女性だけではなく、男性も、子どもにも作れたらいい。スープというシンプルな家庭料理から得られる生活のヒントをいろいろと組み合わせて、これからも発信していけたらいいなと考えています。


取材・文/山野井春絵 写真/舛元清香