災害から命を守る備えの1つに、防災リュックがあります。既に用意されているご家庭も多いかと思いますが、果たしてそれは、いざという時に役に立つ状態になっているでしょうか? この記事では、防災リュックにはどのような物をそろえ、どのように運用していくのがよいかをご紹介します。既に防災リュックを用意してある人も、これから用意するという人も、ぜひ参考にしてください。
国際災害レスキューナース。阪神・淡路大震災での被災経験や地下鉄サリン事件での救命救急活動を通じ、災害医療に目覚める。現在はフリーランスの看護師として被災地で活動する他、企業の防災コンサルタントも担当。2021年4月より、国際災害レスキューナースとして中学校保健体育教科書で紹介される。『レスキューナースが教える プチプラ防災』(扶桑社)、『最強防災マニュアル2025年版』(扶桑社)など著書多数。並行して、「まぁるい抱っこ®」を提唱し、子育てに悩む母親たちを対象にした講座なども開催している。
日本は、地震や台風、豪雨、大雪、噴火などの自然災害が発生しやすい国であり、多くの人が、それに伴う水害や津波、土砂災害、建物被害などに生活を脅かされてきました。2025年1月には、南海トラフ巨大地震の30年以内の発生確率も80%程度に引き上げられ、その切迫性が指摘されています。
いつどのような形で災害に見舞われるかは分かりません。そのため、不安や恐怖を覚えるのは当然ですが、やみくもに恐れても適切な備えにはつながりません。まずは、自分の生活圏にどれだけのリスクがあるかを調べてみましょう。
例えば地震については、国立研究開発法人防災科学技術研究所が提供している「地震10秒診断」というサイトがあり、住所を入力すると、大きな地震の発生確率やライフラインの復旧日数の見込みなどが表示されます。実際に災害が起こった時にこの見込み通りになるとは限りませんが、このようなデータを参考に、被災時の自分の環境やリスクなどを具体的にイメージしておくと、どのような備えが必要かの判断がしやすくなります。
住まいや職場のある自治体が発表しているハザードマップもチェックし、自分のいる場所にどのようなリスクがあるのか、被災した時に利用できる避難所はどこなのかも確認しておきましょう。
被災者は避難すればそれで終わりではなく、避難しながら生活再建や街の復興に取り組んでいかなければいけません。そのためには体にも心にもエネルギーが必要です。自分は何を食べれば力が出せるのか、何があれば心が満たされるのか、どのような睡眠環境であれば明日も頑張れるのか。そのようなことをシミュレーションしてみましょう。そうすれば、備えとして何が必要かも見えてくるはずです。
災害時の備えを頭の中でシミュレーションできたら、次は実践してみることが大切です。防災用品を使ってみたり、家庭で防災訓練をしてみたりしましょう。避難所まで防災リュックを背負って歩いてみるのもおすすめです。思っていたように使えない、逃げられないといった想定外のことは必ずあるはずです。しかし事前の実践によって本当に必要な物が何か明らかになり、経験は自信となって、いざという時に生き抜く力につながります。
災害時は、坂道や階段を上って避難したり、重い荷物を運んだりするなど、体力が必要になる場面が多くあります。避難生活でも、エレベーターが使えない、生活必需品を手に入れるために長時間並ぶといったことが起こり得ます。そのような生活に耐えられる体を日頃からつくっておくことも、災害への備えとして覚えておきましょう。
防災リュックは災害時専用の物だと思っている人も多いでしょう。しかし、防災リュックを災害時専用にしてしまうと、いざという時に次のような理由で使い物にならなくなってしまう場合があります。
●しまい込んでしまって、いざという時に取り出せない。
●いざ使おうとしたら、防災用品の使い方が分からない。
●非常食をいざ食べようとしたら、消費期限が過ぎている。
防災リュックは日頃から手が届く場所や取り出しやすい場所に置き、備蓄庫の1つとし、困った時にまず頼る物として活用していると、使い慣れる上に中身のアップデートもしやすくなります。
災害が起こった時に、すぐに避難所が開設されるわけではありません。自宅や職場など自分がいる場所に火災や津波などの危機が迫ってきたら、まずは身を守るために、避難所ではなく避難場所へ逃げます。その後、自宅が暮らせる状態であれば在宅避難をし、難しい場合は避難所へと移ります。防災リュックは、自宅以外に避難する時に持っていくという意識があるかもしれませんが、在宅避難で使うことも想定しておきましょう。
防災用品には様々な物があり、中には高機能で高額な物もあります。もちろんそのような物をそろえるのもよいのですが、スーパーや100円均一ショップでも入手できるような普段使いの物を備蓄しておけば、日常生活でも気兼ねなく使え、使った後も買い足しておきやすいというメリットがあります。
避難時は手が自由になるリュックがベストです。中に入れる物が重たくなりがちなので、防災リュックは以下のポイントを意識して選んでみてください。
●重さや機能性を考え、雑貨として売られているリュックではなく、防災リュックはアウトドア用品として売られている物にしましょう。
●軽くて縫製がしっかりとしており、撥水加工されているリュックを選びましょう。
●体にぴったり添い、肩紐が太く、チェストベルトやウエストベルトがついているリュックだと背負いやすいです。
どうしても「あれもこれも」となってしまいがちな防災リュックの中身。とはいえ、自分で運べる量には限界があります。取捨選択のコツとして以下の4項目をご紹介します。
①基本は3日間生活できる量
人が一人で背負える荷物の重さはせいぜい8~10kg。本当は1週間生活できる量があるとよいのですが、水だけでもかなりの重量になるため、現実的ではありません。3日間生活することを目安に考えるとよいでしょう。
②自分が生活する上で何が大切かをイメージする
避難した先で自分がどのような生活をするかイメージしてみましょう。その上で、衣・食・住において、普段から使っていて便利な物、救援物資としては配布されないが自分には欠かせない物など、何が大切かを基準に選びましょう。
③定期的に見直す
暑さや寒さへの備蓄は季節で異なります。食べ物も季節や嗜好、体調の変化によって変わるでしょう。少なくとも季節ごとには防災リュックの見直しを行うことをおすすめします。忘れないように、例えば「4月の第一日曜日は我が家の防災訓練の日」と決めておき、防災リュックの見直しと共に、「非常食だけで昼食を作ってみる」「1日3Lの水で過ごしてみる」などイベント化しても楽しいでしょう。
④一度リストアップしてからそぎ落としていく
自分が必要だと思う物を、まずは全て書き出してみましょう。その上で、本当に必要かどうかを吟味し、そぎ落としていくと、納得できる防災リュックの中身になります。
命をつなぐのに欠かせないのが水と食べ物です。次の内容を参考に自分に合わせてそろえていきましょう。
●水の量は3日分
災害時は水の確保が難しくなります。1人1日3L×3日=9Lを目安に用意しましょう。また、食事から摂取できる水分もあります。水分を補える食べ物もあるとよいでしょう。
●食べ物も3日分
食べ物の嗜好は人それぞれ。避難先で自分がどのような物を食べたいかをベースに、3食×3日=9食分そろえましょう。ただし、自分にとっておいしくない物や食べ慣れていない物は体と心の健康を損ねます。実際に食べておいしいと思った物を選びましょう。食欲がなくなった場合でも口にしやすい、のど越しがよく栄養も水分も補給できるゼリー飲料などもあると安心です。
●味のバリエーションを増やす
毎日同じ物を口にしていると、体も心も受け付けなくなってしまうことがあります。例えばふりかけや水に溶かせる粉末のドリンク、フリーズドライのみそ汁など、軽くて味に変化をつけられる物も用意しておきましょう。
●大切な人と分かち合える物
家族にアレルギーがあったり、子どもや高齢者がいたりする場合は、そのような人たちも一緒に食べられることを念頭に選ぶとよいでしょう。
●体と心のエネルギーになる物
体を動かすために必要なエネルギーが補える物だけでなく、心のエネルギーとなる物も避難生活には必要です。少し荷物になっても、お菓子やコーヒーのような嗜好品を入れておきましょう。
●消費期限の長い物
防災リュックの中の非常食は、日常的に使ってその都度買い足していくローリングストックをおすすめしますが、念のため消費期限の長い物も加えておくとよいでしょう。
●お箸やスプーンなどの食器も用意する
避難先では食器が足りないことも想定されます。お弁当用などのコンパクトに畳めるお箸やカップがあると便利です。また、スプーンやフォークもあると、利き手をけがしてしまった時に頼りになります。
災害時に大切なのは、近隣の人や避難所で一緒になった人などと共に支え、助け合う「共助」の気持ちです。1人でできることには限界があります。食事も、水や食材などみんなの備蓄を少しずつ出し合えば、より多くの人の空腹を満たすことが可能になります。
子どももある程度の荷物を背負って歩けるようになったら、専用の防災リュックを用意しましょう。それも防災教育の一環になりますし、その子が必要とする物を入れておけば、万が一迷子になった時にも安心です。そして普段のお出かけ時から、水、おやつ、着替え、おもちゃを入れたリュックを自分で持つ練習をさせてみてください。
防災リュックの中身は、以下の項目に分けると整理しやすくなります。
●食
先に紹介した内容を参考にそろえてみてください。
●衣
季節ごとの見直しを行い、気温の変化に対応するために重ね着できるようにしましょう。災害時は洗濯が容易ではありません。使い捨ての下着も用意しましょう。また、台風や水害も考慮し、ビニール袋に入れておくことをおすすめします。
●睡眠
慣れない環境で睡眠不足になり、体調を崩す人もいます。アイマスクや耳栓、エア枕など、自分が眠りやすい環境に必要な物も加えましょう。
●排泄・衛生
マスク、消毒液、携帯トイレ、トイレットペーパー、ゴミ袋なども入れておきましょう。また、液体歯磨きなどの口腔ケア用品や、お尻拭きシートなどデリケートゾーンのケア用品も加えてください。口内環境が悪化すると虫歯だけでなく誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)のリスクも高まります。また、災害時は下着が替えられなかったりトイレに行きにくかったりすることで、膀胱炎などに悩まされる人も増えます。お尻拭きシートは、デリケートゾーンだけでなく手や体を拭くことができ、さらに歯磨きができない時の口腔ケアに使うことも可能です。ただし、口腔ケアに使用する場合はアルコールや保湿成分、香料が入っていないかどうか、成分を確認してください。女性は生理用品やおりものシートも必要ですが、これらは下着が替えられない時にも役立ちます。
●救助・医療
携帯用の救急セットや鎮痛薬、普段のんでいる薬など。ロープや軍手など、救助に使える物もあるとよいでしょう。手ぬぐいやラップもあれば包帯替わりに使うことが可能です。
●情報系
モバイルバッテリーやUSBケーブル、手回しで充電するラジオなどは情報収集に欠かせません。電池を使用する物がある場合は予備の電池も入れておきましょう。
●防寒・防暑
季節ごとの見直しで、その季節に合った防寒・防暑用品を入れておきましょう。レインジャケットやパンツは、雨の日だけでなく防寒にも使えます。また、避難所では床から冷えることもあるので、使い捨てカイロは夏にも用意しておくことをおすすめします。
●万能アイテム
新聞、ペットシーツ、ゴミ袋、レジャーシート、布テープ、タオル、手ぬぐい、ラップ、アルミホイル、ハンドクリームなどは、本来の用途以外にも様々な使い道があるので、避難時にできることが広がるだけでなく、防災リュックの軽量化にも貢献します。
以前、警視庁が紹介した「防災ボトル」や、防災用品をコンパクトにまとめた「防災ポーチ」が話題になりました。災害は家や職場にいる時に起こるとは限らず、いつでも起こり得るものです。そのため、普段からバッグの中に災害時に最低限必要な物は入れておきましょう。
普段から持ち歩いておくとよい物の一例をまとめました。こちらを参考に、自分に合う備えをしてください。
●食
ペットボトルやマイボトルの水、のどの乾燥などの対策に飴、エネルギー補給に甘い物など。
●排泄・衛生
マスクやウェットティッシュ、歯磨きセット、紙石けん。可能であれば携帯トイレ。女性は生理用品も。
●救助・医療
携帯用の救急セットや鎮痛薬、普段のんでいる薬、目薬、ばんそうこう、救助を呼ぶための防災笛、万能ナイフなど。
●情報系
モバイルバッテリー、USBケーブル、ACコンセント。
●防寒・防暑
季節に合わせてアルミシートや使い捨てカイロ、ハンディファン。夏でも羽織る物を1枚。
災害は怖いものです。でも、防災まで怖がる必要はありません。防災は、無駄をなくすことや節約、家の片付けにもつながり、生活の質(QOL)を高めるのに役立ちます。明るく、楽しく、面白く、防災に取り組みましょう!