ヘッドホンやイヤホンが原因の難聴が、増加傾向にあることをご存じですか?スマートフォンの普及により、世代を問わず音楽や動画を楽しむ人が増え、さらに、テレワークやオンライン学習、ゲームやeスポーツの流行で、ヘッドホンやイヤホンを日常的に使う機会が急増しました。その一方で問題となっているのが「ヘッドホン・イヤホン難聴」です。
これは、長時間・大音量で音を聞き続けることで起こる騒音性難聴の一種です。WHO(世界保健機関)によると、若年層(12~35歳)の約半数にあたる10億人が、騒音による難聴のリスクにさらされています(※1)。日本でも10~30代の聴力が低下傾向にあるといわれており、多くの若者たちが「ヘッドホン・イヤホン難聴予備軍」といえる状態です。日頃からヘッドホンやイヤホンを使っている人は、この難聴がどのようなものかを知り、その予防や対策の方法を知っておくとよいでしょう。
(※1)WHO「WHO releases new standard to tackle rising threat of hearing loss」(2022)
信州大学病院勤務時代は難聴遺伝子、遺伝子解析研究のスペシャリストとして厚生省の難聴遺伝子研究員になり、アメリカに留学。大学病院での高度医療、癌センターでのオペ研修など医療のトップレベルで15年以上勤務。帰国後、横浜市立大学医学部にて医学博士取得。現在は横浜市内のクリニックで地域密着の診療と都内某美容外科にて、美容外科医としても勤務中。2013年よりフィリピン医療を支える会に参加し、スラムでの診療ボランティア活動にも精力的に参加している。木村至信BANDのボーカルとしてメジャーデビューも果たしたシンガーソングライターでもある。著書に『1万人の耳の悩みを解決した医師が教える 耳鳴りと難聴のリセット法』(アスコム)がある。
耳を塞いだ状態が聴覚を低下させる
音は、空気を振動させて伝わる音圧(圧力)をもっています。ヘッドホンを装着した状態や密閉空間などの耳を塞いだような環境で音を聞くと、何もせずに音を聞くよりも多くの音圧が耳にかかり、内耳にある有毛細胞という組織が壊れてしまいます。有毛細胞には、音の振動を電気信号に変換し、神経を経て脳へと伝える働きがあるため、有毛細胞が壊れて正常に働かなくなると、聴覚低下の恐れも。これが騒音性難聴と呼ばれる難聴で、ヘッドホン・イヤホン難聴もその1つです。騒音性難聴は音にさらされているほうの耳に発症し、耳閉塞感(耳が詰まった感じ)や耳鳴りを伴う場合もあります。
若い世代こそ要注意!
ヘッドホン・イヤホン難聴の初期症状として挙げられるのが、4000Hz(ヘルツ)付近の高音域が顕著に聞き取りにくくなることです。ただし4000Hzの周波数帯に該当するのは、赤ちゃんの泣き声ほどの高さの音であり、日常生活では接する機会がそう多くありません。そのため初期の段階では自覚しにくく、しかも少しずつ聞こえが悪くなってジワジワと進行していく難聴のため、気がつかないうちに聴力が落ちていたという人も多いです。
ヘッドホン・イヤホン難聴は、加齢性難聴とは異なり若い世代でも発症し、近年増加傾向にあります。進行スピードが加齢性難聴より早く、有毛細胞が壊れて重症化してしまうと聴力の回復が難しいとされるのも、この難聴の厄介なところ。好きな音楽であっても、重要なオンライン会議であっても、耳に過度な負担をかけるようなレベルの音は、害を及ぼしてしまうのです。
ポイントは「音の大きさ」と「音を聞いている時間」
ヘッドホン・イヤホン難聴のリスクは、音の大きさと、音を聞いている時間によって決まります。リスクを伴う音の大きさの目安としては、自動車や街頭の騒音程度である85dB(デシベル)前後が基準となります。この大きさの音を聞いている時間に比例して、有毛細胞が傷ついたり壊れたりして、ヘッドホン・イヤホン難聴を引き起こしてしまうのです。
聞いている時間の基準としては、WHOでは、音の大きさが3dB増加するごとに許容される時間は約半分になるとし、成人なら80dBで1週間当たり40時間以上、90dBになると1週間当たり4時間以上の音を聞き続けると、難聴の危険があるとしています。さらに若い世代(15~34歳)になると、音の大きさの基準が低くなり、75dB、40時間が許容基準になります。
また、厚生労働省が定めた、大型の機械が動く工場や工事現場などで騒音作業に従事する労働者のための「騒音障害防止のためのガイドライン」によると、等価騒音レベル(※2)が85dBの場合は、1日にその音にさらされる時間を8時間までとしています。
100dB以上の大音量であれば、時間にかかわらず急に難聴が生じてしまうことも。これらはあくまで目安であり、控えめな音量であっても長時間聞き続ければ難聴を招く可能性があります。耳を健康な状態に保つためには、この基準よりも音量や時間に留意する必要があるでしょう。
(※2:時間によって変動する騒音エネルギーを時間平均にしたもの)
<騒音の目安>
ヘッドホン・イヤホン難聴の具体的な予防・対策法
①音量と時間の目安は「60/60ルール」
安全な音量の目安は、最大音量の60%以下、または周囲の会話が聞き取れる65dB以下の音量です。例えばテレビを見ている場合は、少し聞き取りにくい、物足りないと感じるくらいの音量がよいとされています。また、長時間連続して聞かずに1回1時間以内として、1時間ごとに10分程度を目安に定期的に耳を休ませることも推奨されます。最大音量を60%以下、連続して聞く時間を60分以内にする「60/60ルール」として覚えておくとよいでしょう。
②周囲がにぎやかな場所では使用しない
周囲の人の声や音がうるさい場所では、つい音量を上げてしまいがちに。にぎやかな場所ではヘッドホンやイヤホンを使用しないようにするとよいでしょう。
③音量制限や監視機能を活用する
コロナ禍で普及したテレワーク、オンライン会議などの影響を受けて、音量制限や、音量や使用時間を確認できる機能がついたヘッドホンやアプリが登場しています。これらを上手に活用しましょう。
④常に清潔に保つ
ヘッドホンやイヤホンには耳垢、皮脂、汗、手の汚れ、ほこりなどが付着しています。不潔なまま使用していると、菌が繁殖して外耳炎を起こし、難聴につながることも。専用のクリーナーなどを用いて定期的に掃除・消毒してください。
自分ではそんなに大きな音ではないつもりでも、ヘッドホンやイヤホンから周囲に音漏れをしている場合も。そのレベルの音量で長時間聞き続けると、難聴が起こりやすくなってしまいます。ヘッドホンやイヤホンを使っていて鼓膜のあたりにかゆみのような感覚が出る場合は、音が大き過ぎて有毛細胞が傷ついている証拠です。このような感覚がある場合は、音量を60%まで落としましょう。
難聴を防ぐためのヘッドホン・イヤホンの選び方
ヘッドホンやイヤホンには、いまや数えきれないほどの商品があり、その中から自分に合う商品を選ぶのはとても難しいことです。例えば耳に差し込むタイプのイヤホンは、耳の中に直接音を届けるため音圧が強くなり、長時間使用すると耳に負担がかかります。一方で耳を覆う形で使用するヘッドホンは、音源と耳との距離が少し離れるため、イヤホンに比べると耳への負担が少なくなります。ヘッドホン・イヤホン難聴を防ぐという観点では、イヤホンよりもヘッドホンのほうがおすすめです。ただし、携帯性や快適性、音質など、ヘッドホンやイヤホンを選ぶ基準やこだわりは人それぞれ。難聴を防ぐという観点で「避けたいヘッドホン・イヤホン」と「選びたいヘッドホン・イヤホン」をご紹介します。選ぶ際の参考にしてください。
難聴予防のために避けたいヘッドホン・イヤホン
| ワイヤレスイヤホン・ゲーミングイヤホン | 耳の奥まで入り密閉されるため、蒸れによるかゆみや炎症、カビ、アレルギーの原因になることがある。 |
ハイレゾイヤホン |
高音域までを再現するハイレゾイヤホンは、耳への負担が大きくなるため、避けたほうがよい。 |
シリコン製のイヤーピースがついているイヤホン |
イヤホン本体からシリコン部分(イヤーピース)が外れて耳の中に残ってしまうことがある。また、シリコンに対してアレルギー症状を起こす場合がある。 |
難聴予防のために選びたいヘッドホン・イヤホン
耳を塞がないタイプのイヤホン |
オープンイヤータイプ、骨伝導タイプやネックスピーカーなど、周囲の音が聞こえるイヤホンは、耳への負担を軽減できる。 |
ノイズキャンセリングタイプのヘッドホン・イヤホン |
周囲の騒音をカットできるため、騒音下でも音量を上げずに済む。 |
オンイヤータイプのヘッドホン |
耳全体を覆うオーバーイヤータイプよりは、耳を密閉しないオンイヤータイプがベター。 |
どのようなタイプのヘッドホン・イヤホンを選んでも、音は耳にとって負担であるという点に変わりはありません。難聴のリスクがゼロになるわけではないので、音量や時間については、注意を払いましょう。
耳鳴りや耳に閉塞感を感じたら、まずは医療機関へ
難聴は、一般的に発症から2週間以内に治療を開始しないと、聴力回復が難しくなるといわれています。難聴で一番大切なのは、原因究明と早期治療です。特にヘッドホン・イヤホン難聴は、突発性難聴よりも治りが悪いとされているので、耳鳴りや耳閉塞感が治まらないなどの違和感があれば、ヘッドホン・イヤホンの使用をやめてすぐに耳鼻科を受診しましょう。有毛細胞が壊れる前の初期段階であれば、耳を安静にすることで、耳の不調の回復が期待できます。その状態の場合、耳栓を使う、定期的に耳を休ませるといった指導が行われます。
ヘッドホン・イヤホン難聴に限らず、難聴は通常の健康診断の聴力検査では詳細まで検査することが難しいとされています。気になる症状がある場合は、耳鼻科で問診、聴力検査、CTやMRIといった画像検査などを行い、その原因や症状の重さを明らかにする必要があります。検査の際には、難聴と症状が似ているメニエール病、聴神経腫瘍、脳梗塞などの可能性も調べてもらうとよいでしょう。
難聴の一般的な治療法について
ヘッドホン・イヤホン難聴の治療は、突発性難聴と同様に、炎症やむくみを抑えるステロイド剤の服用や点滴を中心に行われます。血流改善に役立つ血管拡張薬(プロスタグランジンE1製剤)や代謝促進薬(ATP製剤)、内耳の機能改善や血液・神経に関与するビタミンB12製剤などを使う場合もあります。また、高い気圧で酸素を吸入することで、内耳の組織の症状改善を図る高圧酸素療法が行われることもあります。ただし、このような治療を行っても状態によっては聴力が十分に回復しないこともあるので、何よりも早めに耳鼻科を受診し、治療を始めることが重要です。
根本的な治療方法はまだありません
有毛細胞は一度壊れると再生できないため、ヘッドホン・イヤホン難聴の根本的な治療法はまだありません。そのため元の聴力に戻すことは難しく、補聴器で低下した聴力を補っていくことになります。
近年では、アメリカで開発された「TSC(Threshold Sound Conditioning)法」という、聴覚神経を鍛える治療法が報告されています。また、死んだ有毛細胞を再生させるための再生医療の研究も世界的に進みつつあります。しかし実用化にはまだ一定の時間がかかると考えられるので、普段から有毛細胞の負担を減らす意識をもつことが大切です。
活性酸素を増やさない生活を送ろう
ヘッドホン・イヤホン難聴は、音を感受する有毛細胞が傷み壊れていくことから始まりますが、この有毛細胞は生活習慣による影響を受けやすいことが知られています。生活習慣を整える上で1つのポイントになるのが、活性酸素を増やさないことです。活性酸素とは物質を酸化させる酸素で、ウイルスや菌を撃退する役割もありますが、増え過ぎてしまうと体内の正常な細胞も酸化し、老化してしまいます。
有毛細胞の老化を進めないためにも、活性酸素を増やさない生活を送ることが大切です。まずは規則正しい生活を意識し、禁煙・節度ある飲酒・適度な運動を習慣にすることなどで、有毛細胞の負担を減らしていきましょう。
すぐに取り入れられる、有毛細胞の老化を防ぐコツ
●食事の工夫
有毛細胞を老化させないためには、血流や代謝を促すことが大切です。適度な水分摂取や、下記のような食品を積極的に摂ることは、有毛細胞の老化予防に有効です。
| ビタミンB12を含む食品 (血流を促し、末梢神経の働きを改善) |
貝類、青魚、レバーなど |
| ビタミンB1を含む食品 (末梢神経と中枢神経の働きを改善) |
豚肉、ウナギ、大豆、玄米など |
| 亜鉛を含む食品 (蝸牛の働きや神経伝達を改善) |
カキ、カタクチイワシ、レバーなど |
| アデノシン三リン酸(ATP)を含む食品 (内耳の血流や代謝を促す) |
のりなど |
●耳を冷やさない
寒い季節に特に気をつけたいのが、耳の冷え。冷えると血流や代謝が悪くなってしまうので、寒い時期には意識的に耳や体を温めることが大切です。太い血管が通っている首をホットタオルで温めると、耳やその周辺への血流を効率的に促すことができます。また、入浴時にゆっくり耳を温めたり、耳をマッサージしたりするのもおすすめです。
<耳マッサージ法>
①耳全体を手で包むように押さえ、1回1秒をかけてゆっくりと、5回ほど回す。
②耳を指でつまみ、上・下・斜め上・斜め下・横に、それぞれ3秒ずつ引っ張る。3回繰り返す。
(出典)『1万人の耳の悩みを解決した医師が教える 耳鳴りと難聴のリセット法』(アスコム)
最近は大人と同様に子どももヘッドホンやイヤホンを使うことが増えてきました。しかし、子どもがどのくらいの音量で使用しているかを、大人が把握しきれていない場合も少なくありません。子どもは、鼻の奥にあるアデノイドや喉の奥にある扁桃腺が肥大しやすく、その影響で聞こえが悪くなり、知らず知らずのうちに音量を上げてしまっていることも。子どもの聴力が完成するのは8歳頃といわれていますが、その年齢になるまでは、子どものヘッドホンやイヤホンの使用に対して、周囲の大人が十分に注意を払うことが大切です。
最近は子ども用に音量制限ができる製品や、身体の成長に合わせてサイズ調整ができるヘッドホンなどもあるので、子どもの耳を守るために、このような製品の活用を検討するのもよい選択かもしれません。
普段、体の疲れを感じることはあっても、耳の疲れを意識することは少ないのではないでしょうか? 耳は、体や目のように疲れを実感しやすいものではありませんが、使い過ぎたり負担がかかり過ぎたりすると、耳も疲れてしまいます。まずは体と同様に耳も疲れるということを意識してみてください。その意識の変化によって耳をいたわるようになり、生活習慣が変わり、ヘッドホン・イヤホン難聴を防ぎながら好きな音楽などが楽しめるようになっていくでしょう。