月経の1週間前くらいから、乳房の張り、腹痛、むくみ、便秘、イライラ、落ち込みなどの不快症状を感じる人は少なくありません。こうした症状がひどく、日常生活に支障がある場合を「月経前症候群(PMS)」と呼んでいます。それらの症状があっても、月経が始まると同時に消えてしまうのが、PMSの特徴です。
症状の度合いは、体調や精神状態によっても左右され、一般に過労やストレスがあると強く現れます。そのため月経前には無理を避け、十分に体と心を休めることが大切です。
聖路加国際病院女性総合診療部、東邦大学医療センター大森病院心療内科を経て、対馬ルリ子女性ライフクリニック勤務。Addots GINZA「女性のこころとからだのオンライン相談室」開設予定。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本心身医学会心身医療専門医、日本女性心身医学会認定医、日本女性医学学会女性ヘルスケア専門医。心療内科、婦人科両面からのケアを行う。
月経前症候群(PMS)の原因については諸説あり明らかになっていませんが、排卵後に卵巣から分泌されるプロゲステロン(黄体ホルモン)がかかわっていると推測されています。
女性の体では毎月、卵巣から分泌されるエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロンという2つの女性ホルモンが一定のリズムで変化を繰り返し、体に影響を与えています。卵胞期と呼ばれる、月経後から排卵前の時期には、エストロゲンの分泌量が増えていきます。しかし排卵を境にプロゲステロンの分泌量が増加します。
月経前症候群は、プロゲステロンの分泌量が多くなっている黄体期に生じることから、その関与が推測されています。ただし、プロゲステロンがどのようにかかわって症状を生じさせているのかなど、詳しい原因については、まだよく分かっていません。
月経前症候群は、月経前3~10日の間に症状が現れることが多いといわれています。症状が現れるものの、月経が始まると共に症状が弱まる、またはほとんどなくなるのが、月経前症候群の特徴です。
現れる症状は多岐にわたりますが、主に体に現れる身体症状と、心に現れる精神症状とに大きく分けられます。以下のような症状が1つでも、月経前の5日間に、3周期以上連続して確認できた場合、月経前症候群と診断されます。
<月経前症候群(PMS)の主な身体症状>
体に現れる代表的な月経前症候群の症状は、以下の通りです。
●むくみによる症状……胸の痛みや張り、腹部膨満感、手足のむくみ、体重増加
●痛みの症状……頭痛、腹痛、腰痛
●皮膚や粘膜の症状……にきび、口内炎
●その他……便秘、下痢、のぼせ、動悸、食欲減退あるいは亢進、倦怠感
<月経前症候群(PMS)の主な精神症状>
月経前に現れやすい月経前症候群の精神症状には、以下のようなものがあります。
●イライラ……落ち着きがない、攻撃的、怒りっぽくなる
●抑うつ気分……落ち込む、人に会いたくない、自責感
●その他……集中力低下、判断力低下、眠気、不眠
これらの数ある症状のうち、胸の痛みや張り、そして精神症状全般が比較的現れやすいといわれています。また、月経前症候群の症状には個人差があるため、上記に当てはまらない症状であっても、必ず月経前に生じているのであれば、それは月経前症候群の症状の可能性があります。また、月経前増悪(PME)といって、もともとの精神症状が月経前に増悪する症状の人もいます。
月経のある女性の70~80%が、月経前に何らかの症状を抱えているといわれています。「月経前症候群の症状」で紹介したような症状が、体や心に定期的に生じている場合、まずはそれが月経のリズムと関連しているのかどうかを確認してみましょう。
アプリや手帳などを使って月経周期と一緒に体調を記録していると、自分の抱えている症状が月経前症候群なのかどうかが分かってきます。まずは2~3周期記録して、体のリズムと症状が生じるタイミングの関連をチェックしてみるとよいでしょう。
体のリズムを知るには、基礎体温を測るのも有効です。基礎体温とは、体と心が一番安静な状態にある時の体温をいい、通常は朝起きた直後、起き上がる前に舌下(舌の裏側)で測ります。女性の基礎体温は女性ホルモンの影響を受けて一定の周期で変化するので、基礎体温を測って記録しておくと、次のようなことに役立ちます。
測った体温は、すぐに基礎体温表に記入し、前日の点と結んでグラフにしておきましょう。そしてこの時に、月経、おりもの、下腹部痛などの情報や、その日の健康状態も併せて記録しておくと、体調の把握や受診の際に便利です。
月経前症候群で頭痛、腹痛、腰痛などの痛みがある場合は、我慢せずに痛み止め(解熱鎮痛剤)を使い、痛みを軽減しましょう。
薬は体によくない、薬を使うとクセになるなどと思い込んでいる人もいるようですが、月に一度の月経時に、数日薬をのんでも、健康に悪影響を及ぼしたり、体が慣れて薬が効きにくくなったりすることはありません。婦人科検診などで特に原因となる病気がないのなら、市販の解熱鎮痛剤を使って痛みをコントロールし、快適に過ごしたほうがよいでしょう。
解熱鎮痛剤には痛みのもとであるプロスタグランジンがつくられるのを抑える成分(イブプロフェンなど)が含まれ、これが痛みを素早く抑えるのに効果を発揮します。ただし、痛みが本格的になってからでは効きにくいこともあるため、毎月の痛みのパターンをよく把握して、早めに使うようにしましょう。また、服用の際には必ず、用法・用量を守りましょう。
痛みの症状がある人の中には、子宮筋腫や子宮内膜症、子宮腺筋症といった婦人科疾患が原因となっていることもあります。たまに痛みがある程度なら解熱鎮痛剤でもよいですが、痛みが毎周期出現していたり、寝込んでしまったりするような痛みの場合は、婦人科の診察が必要です。加えて、解熱鎮痛剤で抑え込もうとせず、治療薬(低用量ピルやIUS※を含むホルモン療法)を開始することで生活が飛躍的に改善します。
※IUS:子宮内黄体ホルモン放出システム
月経前に何らかの症状を自覚している人のうち、2~10%は日常生活に支障を来しているといわれています。
精神的に寝込んでしまうほどつらい、イライラして感情がコントロールできず自分が自分でないような気がするといった症状を感じている場合は我慢せず、早めに婦人科医に相談しましょう。PMSの精神症状がより重いタイプのPMDD(月経前不快気分障害)の可能性もあります。
婦人科では、症状に対する対症療法、漢方薬、低用量ピルやIUSを含むホルモン療法で対応していきます。一方、精神症状がかなり重い場合には心療内科や精神科でSSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)などの薬物療法の他、カウンセリングなどで、月経前症候群の症状を軽くする様々な対策が可能です。困っていることがあれば、まずは婦人科医に相談することをおすすめします。症状によっては、心療内科や精神科を紹介してもらうことも可能です。その際、月経前の身体・精神症状をメモしたものや基礎体温表などを持参すると、診断に役立ちます。
月経前症候群の症状は、体調や精神状態によっても左右され、一般に過労やストレスがあると強く現れます。そのため、この時期は無理を避け、十分に体と心を休めることが大切です。何らかのストレスを感じている場合には、ストレス源から距離を置くことが可能であるか、あるいはどういう方法だと自分がストレスを対処できるかを考えてみるとよいでしょう。人に悩みを話して発散するだけでも症状が軽くなることがあります。ストレス対処法に関してもカウンセリングなどで相談してみるとよいでしょう。
また、普段から次のようなことを心がけ、生活習慣を整えておくと、ストレス緩和につながり、月経前症候群の症状も和らぐと考えられます。
●適度な運動を習慣に
できれば週3回以上、20~30分の有酸素運動を続けると効果的です。無理をせず、汗ばむ程度に体を動かせばOK。運動後にストレッチをすれば、血流や痛み、こりの改善につながる他、心の緊張をほぐす効果も期待できます。
●リラクゼーションを取り入れる
ストレッチ、アロマテラピー、マインドフルネス、マッサージなど、自分に合ったリラックス法を見つけ、取り入れてみましょう。特別なことをしなくても、ぬるめのお湯にゆっくり浸かると血流がよくなり、筋肉の緊張が和らいで、心身共にリラックス効果が得られます。
●月経前はゆとりある生活を心がけ、ストレスマネジメントを
月経前は前もって仕事のスケジュールを緩めにするなど、ゆとりのある生活を心がけましょう。もともと完璧主義の人はよりストイックになることも。この時期はいつも以上に「適当でよいところは適当に」という気構えが大切です。また、月経前症候群の症状が睡眠に影響を与えることもあります。寝つきが悪くなったり、睡眠の質が低下したりすることも少なくありません。睡眠状況の悪化は精神的なストレスにつながるため、眠りに就く前にはゆったりした時間を過ごす、寝床ではスマートフォンを触らないなど、快眠のための工夫をしましょう。
月経前になると著しく感情が不安定になったり、激しいいらだちや怒りから周囲に当たり散らしてしまう症状が確認され、月経がはじまると軽減する場合は、月経前不快気分障害(PMDD)の可能性があります。日本では1.2%、つまり約100人に1人が、日常生活に支障を来すPMDDを発症していると推測されています。基本的な対策や治療はPMSと同じですが、PMDDのように精神症状が強い場合は、SSRIを使って改善させることもあります。SSRIは抗うつ薬の一つですが、海外ではPMS/PMDDの精神症状の緩和に使用されています。うつ病の治療と異なり、月経前のつらい時期だけSSRIを服用する周期的投与法も有効です。
定期的な気分の落ち込みに悩んでいる人は、治療によって改善できることもあることを、ぜひ知っておいていただきたいです。一人で抱え込まず、最寄り、またはかかりつけの婦人科に相談してください。