体を温める血液が体のすみずみに十分に届かず、手や足の先などが冷たく感じる状態を「冷え」といいます。「冷え性」とは冷えやすい体質のことで、「冷え症」は冷えに伴う不快な自覚症状がある場合を指します。
冷えというと、女性特有の悩みのようなイメージもありますが、自覚がないだけで、実は男性の不調の背景に冷えがある場合もあります。冷えによって引き起こされる不調は様々。仕事やプライベートに支障を来すこともあるので、自分の冷えに気づき対策することが大切です。「冷えは万病のもと」と考える東洋医学での男性の冷え対策について、木村容子先生に解説していただきます。
医学博士。日本内科学会認定内科医、日本東洋医学会認定 漢方専門医・指導医。中央官庁入省後、英国オックスフォード大学大学院に留学中に漢方と出会う。帰国後、退職し東海大学医学部に学士入学。2002年から東京女子医科大学附属東洋医学研究所に勤務。『いつもだるい、不眠、頭痛、肩こり、プチうつ… “なんとなく不調”と上手につき合うためのセルフケア』(NHK出版)など著書多数。
「足先が冷たくて眠れない」「体がなかなか温まらない」など冷えに悩まされる女性が多くいるのに対し、冷えを自覚する男性は少数派です。その理由として、体のつくりの違いがあります。
筋肉には、熱をつくり出す働きと、収縮によって熱を運ぶ血流を促す働きがあります。また、脂肪は熱をつくらず一度冷えてしまうとなかなか温まりませんが、体内の熱が外に放出されるのを防ぐ働きもあります。これらのことから、冷えない体は、十分な熱をつくる筋肉の外側に、熱を放散しないように適度な脂肪が覆っている状態が理想です。一般的に男性は女性に比べて筋肉の量が多く、脂肪が少ない傾向があるため、熱をしっかりと産生し維持できる体だといえます。
さらに女性の場合は、月経のために血液が不足しやすかったり、女性ホルモンのバランスの変化によって自律神経が乱れやすかったりすることも、冷えの原因になります。
だからといって男性が冷えと無関係なわけではありません。冷えに悩んで病院を受診する男性は少ないものの、受診のきっかけとなった不調の背景に冷えが潜んでいることがあると木村先生は言います。「腰痛を繰り返し、西洋医学的な治療を行っても症状がなかなか改善しない」「何をしてもよく眠れず、体調がすぐれない状態が続いている」などといった場合に、生活習慣を見直して体を温めるようにしたところ、不調が改善したという人も。このように、不調に冷えが影響していたと考えられるケースが男性には多いのです。
●五臓の中で特に冷えとかかわりが深い「腎」
東洋医学には自然は5つの要素で構成されるという「五行論(ごぎょうろん)」があり、体の主要な機能も「肝・心・脾(ひ)・肺・腎」の五臓の働きに分けられ、それぞれが影響しあいながら健康を保っています。
五臓は肝臓や心臓といった臓器と同じ名前をもちますが、東洋医学ではその臓器の機能も含めた広い概念として捉えます。この中で冷えとかかわりが深いのが「腎」です。腎は、尿をつくったりホルモンを分泌したり、水分量を調整したりする腎臓としての働きに加え、生命エネルギーを蓄える機能もあるとされ、成長や生殖、老化に影響します。また、腎には「温煦作用(おんくさよう)」と呼ばれる体全体を温め体温を維持する働きがあるとされます。
●男性の体は8年周期で変化する
男性の体は、腎がもつ生命エネルギーの変動に伴い8年周期で変化が現れるとされますが、最も充実し生命エネルギーにあふれているのが32歳。その頃を境に腎の機能が衰え始め、生命エネルギーが減少した「腎虚」という状態になり、筋肉量や基礎代謝、臓器の働き、体温調節機能が徐々に低下して冷えやすくなっていきます。
●冷えは男性更年期症状の1つ
女性と同様に、男性も男性ホルモンの減少に伴い更年期を迎えますが、腎は生殖機能ともかかわりが深いことから、男性更年期も腎虚に由来すると考えられます。冷えは、冷えのぼせなど女性の更年期症状として知られていますが、男性更年期の症状として見られることもあります。しかし、男性の場合、更年期に関する情報が女性より少なく、女性の閉経といった加齢に伴う体の変化が顕著でないために、自分の更年期症状に気づきにくく、相談するタイミングを逃がしてしまう傾向があり、このことも男性が冷えを自覚しにくい要因の1つといえるでしょう。
男性更年期については、大正健康ナビ「疾患ナビ 男性更年期障害(LOH症候群)」「コラム 男性の更年期症状はストレスが影響する?男女の更年期の違いを知ろう」もご覧ください。
冷えには「末端冷え」「下半身冷え」「内臓冷え」「全身冷え」の4つのタイプがあります。近年は、「末端冷え」の一つとして、ストレスがかかって交感神経が緊張し、末梢血管が収縮して血行が悪くなる「ストレス冷え」があります。
男性では、「下半身冷え」を中心に、「ストレス冷え」も見られやすいです。
●腎虚が影響する「下半身冷え」
腎は下半身の健康もつかさどるため、腎の衰えは足腰や泌尿器などの機能低下につながります。下半身の筋肉のこわばりや筋肉量の低下などにより血流が滞って起こる下半身冷えもその1つ。腰の重さや腰痛が風呂などで温まると改善することで、下半身の冷えに気がつく場合があります。また、熱が上半身にたまり、下半身は冷えるのに上半身がのぼせやすくなることもあります。
●自律神経の乱れによる「ストレス冷え」
ストレスがかかると、自律神経の交感神経が活発になることで血管が収縮し、血行が悪くなって冷えが生じます。暖かい場所でも手足がなかなか温かくならない、冷えていると感じていても実際は冷えていない、逆にとても冷えているのに自覚がないという人は、ストレスによって血行の調節がうまくいかない「ストレス冷え」の可能性があります。
男性の冷えは、主に加齢による腎の衰えが影響すると考えられますが、体質や姿勢、生活習慣が冷えを招く場合があります。
●体質や姿勢
・筋肉量が少ない
運動不足や栄養バランスの乱れ、体質などによって筋肉が少ない人は、熱を生み出す力が弱いため冷えやすくなります。
・体脂肪が少ない
脂肪は熱を生み出しませんが、保温効果があります。そのため体脂肪率が極端に低いと体の熱が奪われやすくなります。
・姿勢が悪い
姿勢が悪いと肩や背中の筋肉がこり固まりやすくなり、血行が低下して体の冷えにつながります。
●生活習慣
・長時間のデスクワークをしている
座りっぱなしの姿勢は、下半身の血管の圧迫や筋肉のこりを招き、血行を低下させます。また、体を動かさないため筋肉量が低下しやすいのも冷えの原因に。
・ストレスが多い
仕事上の重圧や人間関係、家庭内のトラブルといった心理的なストレスや、騒音などの環境ストレスは、血管を収縮させる交感神経の働きを高め、血行不良を招きます。リラックス目的で楽しむスマホやゲームなどのデジタル機器も、使い過ぎるとストレスとなって「デジ冷え」を招くことがあります。
・喫煙習慣がある
ニコチンには血管を収縮させる作用があり、手足の血行を低下させます。
・飲酒習慣がある
お酒を飲むと血管が広がり、一時的に血行がよくなり顔が赤くなったりして、体が温まります。しかし、お酒を飲んで血管を広げ続けると、体の中心部の熱が逃げやすくなり、アルコールの代謝産物を分解するためにエネルギー(熱)も消費するため、過度の飲酒では冷えを自覚しやすくなります。さらに、ビールやハイボールなどの冷たいお酒で胃腸を冷やしてしまうと、飲酒の翌日に下痢になる場合もあります。
・生活リズムや食生活が乱れている
睡眠不足や不規則な生活は自律神経のバランスを乱し、血行に影響します。また、食生活が乱れると、筋肉や血液をつくったり代謝を助けたりする栄養が不足する場合があります。
冷えは、ただ体の冷たさや寒さを感じるだけでなく、心身に様々な不調をもたらします。
●体の不調
・痛みやこりが生じる
冷えている時は血行が低下している場合が多く、血行不良により筋肉内の老廃物の排出が滞ったり筋肉がこわばったりして、腰痛や頭痛、肩こりなどが起こりやすくなります。
・疲れやすくなる
冷えによって交感神経が優位になり血行が低下すると、体中に酸素や栄養が届きにくくなり、疲れやだるさが生じたり疲労回復が遅れたりします。
・消化機能が低下する
胃腸が冷えると、食欲不振や腹痛、下痢、便秘などが起こりやすくなります。
・免疫機能が低下する
免疫力は深部体温(※)が37度前後の状態で働きやすいといわれており、冷えが悪化して深部体温が下がると免疫細胞の働きが低下し、感染症などにかかりやすくなります。
(※)体の中心部の体温のことで、脇下体温より約1℃高い。
・下半身の機能が衰える
冷えと腎の働きの低下は相互に影響します。そのため、頻尿や腰痛、性機能の低下など下半身に不調が生じる場合があります。
・肥満に悩まされる
体が冷えると脂肪が燃焼しにくくなったり、老廃物や水分がたまりやすくなったりするため、肥満に悩まされることがあります。
・肌のコンディションが悪くなる
冷えて血行が悪くなると肌に栄養が行き届かず、くすみやかさつき、たるみなどが生じやすくなり、目の下のクマも目立つようになります。
・毛髪の悩みが増える
毛髪は「血余(けつよ)」ともいわれ、毛細血管から栄養補給を受けています。冷えは頭皮の血行不良を招き、白髪や抜け毛を増やす原因になります。
●心の不調
・集中力ややる気が低下する
体が冷えていると、内臓を温めるためにエネルギーを消耗します。東洋医学ではエネルギーを「気(き)」といいますが、この「気」が少なくなることで、集中力が低下したり、やる気が出なくなったりして、仕事のパフォーマンスに支障を来すことがあります。
・気持ちの浮き沈みが激しくなる
冷えがあると血行だけでなく、「気」の巡りも悪くなります。「気」は元気や活気といった生命活動を営むエネルギーだけでなく、気持ちや気分のような精神面を含んだ概念なので、冷えによって「気」の巡りが滞ると、気持ちの浮き沈みが激しくなります。
東洋医学では、不調の改善には、まず、暮らしを整え体をいたわる「養生」が重要と考えます。そして、養生だけでは効果が不十分な場合に漢方薬や鍼灸治療を行います。自分の暮らしを見直し、毎日をより楽しみながら冷え改善に取り組んでみましょう。
養生法①下半身を中心とした筋トレを心がけましょう!
軽い筋トレやウォーキングなどの運動や、日常生活の中でこまめに体を動かすことは、熱をつくる筋肉の量を増やしたり、筋肉を動かして血流を改善したりするのに有効です。
加齢と共に筋肉量は誰でも少なくなり、足腰が弱くなっていきます。特に、腎とのかかわりが深く、大きな筋肉があり血流改善も左右する下半身をスクワットなどで鍛えるとよいでしょう。
適度に体を動かすことはストレス解消にも役立ちます。運動習慣がない人も新たな趣味としてぜひ取り組んでみてください。
養生法②温冷交代浴を試してみよう!
シャワーだけでなく湯船に浸かって体をしっかりと温めることは、冷え改善の基本です。寒い冬だけでなく、暑い夏でも週2回は下半身を中心に湯船に浸かることをおすすめします。
また、ストレスなどで自律神経の乱れを感じた時におすすめなのが、自律神経を整えて体を冷えにくくする温冷交代浴です。水分補給や体調に気をつけながら、サウナと水風呂で行ってもよいでしょう。
<温冷交代浴のやり方>
①湯船に浸かって体を温める。
②湯船から出て、ぬるめのお湯や水を手足に5~10秒かける。
③再び湯船に1分浸かる。
④①~③を数回繰り返し、最後にぬるめのお湯や水を手足にかけて風呂からあがる。
養生法③食べ物や食べ方を見直してみよう!
冷たい食べ物や飲み物をできるだけ控え、体を温める食材(生姜やねぎなどの香味野菜、発酵食品、主に寒い地域や季節に採れる野菜や果物など)や、筋肉や血液をつくる栄養素(タンパク質、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンE、鉄分など)を意識して摂りましょう。腎を補うとされる黒い食材(黒ごま、黒豆、ひじき、昆布など)もおすすめです。
ビールなどの冷たい物がどうしても飲みたい時は、鍋料理や辛い料理を一緒に摂って胃腸を冷やしすぎないようにするのも一案。胃腸が弱く辛い物が苦手な人は、大豆タンパクが摂れて体も温まる「具だくさんみそ汁」を活用するとよいでしょう。冷蔵庫にある野菜を始め豚肉や練り製品などを入れて、最後にしょうがをすり下ろして加熱すれば、自然と必要な栄養素が補えます。普段あまり料理をしていないという人も、鍋やみそ汁は比較的簡単に作れる料理なので、この機会に挑戦してみてはいかがでしょうか。
養生法④朝の白湯(さゆ)など、こまめに水分を摂ろう!
夏は汗、冬は空気の乾燥で、体から水分が奪われやすくなります。水分が不足すると血液がドロドロになり血行が悪くなるので、適度な水分摂取を心がけましょう。朝、白湯を飲むと、睡眠中に失われた水分を補えると共に体が温まって血行がよくなり、1日をスムーズにスタートできます。特に、朝、下痢をしやすい人にはおすすめです。
養生法⑤腹式呼吸でストレスを解消しよう!
適度な運動や趣味を楽しむなど、自分に合ったストレス対策を見つけて実践してみましょう。腹式呼吸は誰でも簡単にでき、リラックス効果が高いもの。おすすめは下腹部を意識した「リラックス呼吸法」です。
<リラックス呼吸法のやり方>
①鼻から息をゆっくり吸い込み、下腹部に空気をためる。
②約5秒間息を止める。
③10秒ほどかけて口から少しずつ息を吐く。
④①~③を2、3回繰り返す。
養生法⑥体を冷やさない服装を心がけよう!
真冬でもスーツに薄手のコートで出勤するなど、男性は女性に比べて薄着の人が多く見られます。今はスーツスタイルに合わせやすい服飾小物も増えています。冬はマフラーや手袋などを活用し、首、手首、足首を冷やさないようにしましょう。冷たい物を飲んだり食べたりした後に下痢をしやすい人は、腹巻などでお腹の冷えを防ぐようにしてください。夏も公共の場所や職場の冷房が強過ぎることがあるので、羽織るものを用意するなど対処を忘れずに。
現代は、猛暑が長く続いて四季から二季に変わったような気候変動があったり、「人生100年時代」といわれるほど寿命が延びたりするなど、人類の歴史の中でも未知の領域だといえるでしょう。技術が進歩し、猛暑であっても24時間冷房をつけた環境下で快適に過ごせるようになりましたが、そんな便利な生活が、女性だけでなく男性にも冷えをもたらす一因になっています。
「いつもと何かが違う」と感じたら、それは体からのサインです。誰でも年齢によって体は変化しますが、そのことを自覚し前向きな気持ちでメンテナンスしていけば、恐れることはありません。そして、つらさを感じているのなら遠慮なく医師に相談を。甲状腺機能低下症や膠原病など原因の明らかな冷えには西洋医学の治療が優先されますが、西洋医学的に明らかな原因のない冷えの改善には、東洋医学が大いに役立ちます。漢方治療に加えて生活改善の指導も行うので、安心して対処していけるでしょう。