命にかかわることもある熱中症は、早期に異変に気づき、適切に対応することが重要です。しかし、熱中症の初期症状に気づかず悪化させてしまうケースも少なくありません。特に高齢者や子どもは暑さを感じにくい、うまく伝えられないことがあり、気づいた時には重症化していることも…。熱中症の初期症状に気づきにくい理由や応急処置、予防策について、熱中症に詳しい三宅康史先生にうかがいました。
1985年東京医科歯科大学卒業。同年東京大学医学部附属病院救急部。86年公立昭和病院脳神経外科・救急科(ICU)・外科 研修医~医長。96年昭和大学病院救命救急センター助手。2000年さいたま赤十字病院救命救急センター長・集中治療部長。03年昭和大学医学部救急医学准教授、11年同救命救急センター長、12年同教授。16年帝京大学医学部救急医学講座教授・同附属病院救命救急センター長、高度救命救急センター長を経て、25年より現職。編著に『現場で使う‼ 熱中症ポケットマニュアル』(中外医学社)、『医療者のための熱中症対策Q&A』(日本医事新報社)などがある。
熱中症には、健康な人が炎天下でスポーツや労働をした数時間後に発症する「典型的な熱中症」と、元々の体調不良に暑熱環境が加わって発症する「複合的な熱中症」の2種類があります。中でも症状に気づきにくいのが後者です。
複合的な熱中症に気づきにくい理由について、三宅先生は「初期段階では、熱中症特有といえるような、はっきりした症状がないため」だと指摘します。
例えば、熱中症の代表的な初期症状である頭痛や吐き気、倦怠感などは、過労や夏バテ、かぜ、インフルエンザ、ストレス、寝不足、二日酔いなどでも起こります。そのため「熱中症と気づかず、『少し疲れているだけ』『軽い夏バテだろう』と、特に対策を取らずにやり過ごしてしまう人が多いのです」。
特別な症状がないからこそ、見落としてはいけないのが「暑熱環境にいたかどうか」。暑い環境で過ごした後に症状が出た場合は、熱中症の可能性が高く、医師の診断の重要なポイントになると言います。
熱中症が厄介なのは、曇りの日や梅雨入り前、室内などでも起きる点です。暑さやのどの渇きを感じにくい高齢者、基礎疾患がある人などは、暑さ慣れしていない時期や、それほど暑くないと感じる状況でも熱中症を起こすリスクがあります。
「高齢者は高温多湿な環境が続くと、初期には食欲低下、脱水症の進行と共に、高血圧や糖尿病など持病の悪化も加わって、じわじわ進む複合的な熱中症を発症する傾向があります。熱中症は炎天下の屋外で激しい運動や労働をした時に突然起こるだけではないことを、理解しておきましょう」。
熱中症の主な初期症状には、以下のようなものがあります。他の病気の症状とよく似ているからこそ、私たちには区別が難しいことも多く、注意が必要です。暑い環境で過ごした後にこのような症状が出た場合は、熱中症の可能性も疑いましょう。
●強い眠気、ぼーっとする
睡眠は十分とれているのに、強い眠気を感じたり、頭がぼんやりしたりするのは、軽症の熱中症の症状です。欧米では「熱失神」と診断され、体温調節の乱れや脱水によって、脳への血流や働きに悪影響が出ている可能性があります。「眠いだけ」「疲れているだけ」と思って無理をすると、症状が進行する場合があります。
●食欲がない、口の中や胃が気持ち悪い
暑いと食欲が落ちるのは、誰にでも起こり得ます。しかし、実はこれも熱中症の初期症状の1つ。体内の水分が不足すると、消化機能が低下し、胃の不快感や食欲不振が起こりやすくなります。食欲が落ちるとさらに脱水が進行する危険があります。
●足がつる、筋肉がピクピクする
就寝中や軽い動作の際に「足がつる」「筋肉が勝手にピクピク動く」といった症状は、熱中症による熱けいれんのサイン。暑さで大量の汗をかくと、ナトリウムなど体内の電解質が不足し、筋肉が正常に動かなくなるためです。暑い時期に運動後だけでなく、日常生活の中で足がつりやすい場合は、熱中症の可能性があります。
●立ち上がった時にふらつく
急に立ち上がった時にふらっとするのは、血圧の問題と考えがちですが、脱水による血液量の低下が原因の場合も。暑い環境にいた後や、汗をかいた後に起こる場合は、軽症の熱中症による熱失神の可能性も。本人は気づかなくても、周りが異変に気づく場合があります。
●集中力が落ちる、判断が鈍る
熱中症による意識障害(中等症)に至る症状の1つ。仕事や家事でミスが増えたり、考えがまとまらなかったりするのは、軽度の熱中症の可能性が。本人は自覚がないケースが多く、周りの気づきが重症化を防ぐ鍵になります。
●寒気、手足のしびれ
三宅先生によると、熱中症の患者さんの中には、ごくまれに「猛暑でも寒気がした」「寒気がした後に、手足がしびれた」と訴える人もいるといいます。手足のしびれは脱水によって血液の流れが悪くなる血流障害や、体の中の電解質の異常を伴う症状と考えられます。
暑さを感じにくい高齢者や、言葉でうまく伝えられない乳幼児の熱中症は、周囲の人が気づくことが大切です。以下の様子も参考にしてみてください。
高齢者ならではの初期症状
・元気がない
・朝起きてこない
・食欲が落ちる
・食事を残す
乳幼児ならではの初期症状
暑熱環境にいた後に……
・顔が赤い
・いつもより元気がない
・機嫌が悪い、ぐずる
・体が熱い
・尿量が少ない
・尿の色が濃い
・便が硬い
夏場は、日頃から水分補給などの熱中症対策を講じている人も多いでしょう。しかし「日常のちょっとした変化が重なると、誰でも熱中症を起こす可能性があります」と三宅先生は警鐘を鳴らします。
健康な人でも見落としやすい、熱中症になりやすい場面を知り、日頃から対策を行いましょう。
自律神経を乱す行為
熱中症と自律神経は密接にかかわっています。暑い時に汗をかき、血管を拡張して熱を放散させるのは自律神経の重要な役割です。自律神経が乱れると、体温調節がうまく機能せず、熱が体にこもり、熱中症のリスクが高まります。
●お酒を飲んだ翌日、二日酔いの時
飲酒後は睡眠の質が低下し、体温調節を担う自律神経も乱れがちに。アルコールには利尿作用があるため、体内の水分も失われやすくなります。暑い夏の場合、飲んだ翌日に出る「だるい」「眠い」「食欲がない」といった症状は、単なる二日酔いではなく、実は脱水を伴った熱中症の初期症状かもしれません。
●寝不足やぐっすり眠れなかった日
睡眠不足は自律神経のバランスを乱します。自律神経が乱れると、汗をかく、体温を下げるといった調節がうまくいかなくなり、熱中症にかかりやすくなります。
●過労・忙しくて無理をしてしまう日
過労は自律神経の乱れの原因になります。忙しいからと、体の違和感をそのままにすると、熱中症を悪化させてしまいます。「いつもと違う」と感じた時点で休むことが大切です。
●ストレス
精神的ストレスは、自律神経の乱れを引き起こす大きな原因です。ストレスを受けると交感神経が優位になり、心拍数や血圧も上がりやすくなります。そこに暑さというストレスが加わると、自律神経がさらに頑張り、体が悲鳴を上げて、強い疲労感や体調不良を招きやすくなります。
食事
●食事量が少ない日、朝食を抜いた日
就寝後、翌朝まで飲食していない時点で、体の中の水分量は減少し、脱水は進んでいます。その上さらに朝食を抜くと、塩分・水分・エネルギーを十分チャージできず、熱中症のリスクを高めてしまいます。食事の約6割は水分です。毎日バランスのよい朝食をしっかり摂ることが、熱中症予防につながります。
室内環境
●猛暑でもエアコンを使わない
高齢者は暑さを感じにくく、暑い日でもエアコンをつけない人もいます。「電気代を抑えたい」「エアコンは冷え過ぎて体によくない」と思い込み、真夏日の日中にエアコンを使わずにいれば、たとえ室内にいても、熱中症になるリスクは高くなります。
生活習慣
●長風呂
高温のお湯に長時間浸かると体温が上がり過ぎて、熱中症を引き起こすことも。のぼせや脱水によって浴室内で意識を失い、溺れてしまうケースもあります。湯温はぬるめに、時間は短く、入浴前後の水分補給も忘れずに。
●行動計画が不十分
長時間の移動や外出が続く日は、あらかじめ当日の気象情報を入手し、水分や日傘など準備を整えておくことが大切です。熱中症警戒アラートが出ていれば、運動を控える、休憩を多めにとるなど、暑さに応じた行動計画を立てましょう。準備不足が熱中症のリスクを高めてしまいます。
その他にも、以下のような状況下では、熱中症に注意が必要です。
・室内と屋外を頻繁に行き来する日
・曇りの日やそれほど暑く感じない日でも、湿度が高い場合
・かぜ気味、下痢気味など体調が万全でない時
三宅先生は、熱中症の応急処置のポイントは「FIRE」と覚えておくとよいと言います。
F:Fluid(水)
I:Ice(氷)
R:Rest(休息)
E:Emergency Call(救急車)
暑熱環境で過ごした後に、熱中症の初期症状に気づいた時は、涼しい場所で休み、水分補給を行うことが何よりも重要です。「熱中症の疑いがあれば、エアコンや扇風機を使って体を冷やし、水分補給を。本人が飲めるようなら、できるだけ冷たい水分を補給しましょう」。
細かい氷の粒子が液体に分散したシャーベット状の飲料「アイススラリー」は、通常の氷よりも結晶が小さく流動性が高いことから、体の内部を短時間で効率よく冷却できます。「冷たい飲み物で深部体温を下げる(体の中から冷やす)と同時に、顔を冷水で洗う、水に手を浸ける、首を保冷剤で冷やすなど、体の表面の温度を下げるとより効果的です」。
これらの対策を取っても症状が改善しない場合や、水分が摂取できない、意識がはっきりしない時は、できるだけ早く医療機関を受診しましょう。
なお、高血圧や心臓病、腎臓病などがある人、水分制限がある人などは、水分や塩分の摂取がかえってリスクを高める場合があります。「初期症状に気づいたら、熱中症の症状なのか、持病の悪化なのかの判別が大事です。暑い環境に長く身を置かないよう心がけると共に、対処法について、日頃からかかりつけ医に相談しておきましょう」。
熱中症は英語で「Heat Stroke」と言います。「熱中症予防の鍵は頭文字の『HEAT』にある」と三宅先生。
H:Health Care(ヘルスケア)
「食事をきちんと摂る」「寝不足にならない」「ストレスをためない」「お酒を飲み過ぎない」など、生活習慣に気を配ることが重要です。
E:Environment(環境)
室内でのエアコンの適切な使用、屋外では日傘を差す、夏用の涼しい下着を着用するなど、暑さを避ける環境を整えましょう。高齢者はラジオ体操に参加する、コンビニやスーパーに定期的に買い物に出かけて、人と会話をするなど、社会的なつながりを保っておくことも、熱中症予防の重要なポイントです。いつもよく会う人が来なければ、「何かあったのでは?」と周りに気づいてもらえます。「離れて暮らしていても、家族と電話やSNSなどで連絡を取り合うなど、周りから異変や体調不良にすぐに気づいてもらえる環境を、日頃から整えておきましょう」。
A:Alert(アラート)
熱中症警戒アラートなど最新の気象情報の収集に努め、気温や湿度を意識した行動を取りましょう。
T:Treatment(トリートメント)
持病や基礎疾患がある人は、かかりつけの医師と一緒に持病を自己管理する術を身につけることで、熱中症になりにくい、かかっても重症になりにくくなります。
三宅先生は、持病のある人は体重と血圧、心拍数は毎日記録することをすすめています。「体重増加、血圧の上昇は塩分、水分の摂り過ぎのサインです。逆に、体重減少や心拍数の増加は脱水が進行している可能性があります。症状だけでは熱中症と持病の悪化の区別が難しいからこそ、毎日の自己管理が重要なのです」。
熱中症の初期症状には、自分では気づかないこともあります。だからこそ、周囲の人の気づきと声かけが大切だと三宅先生は話します。
「暑い中で調子が悪そうな人、歩き方がふらついている人がいたら、「大丈夫ですか?」と声をかけてあげてください。自分だけでなく、周囲の人の変化にも注意を払うことが、熱中症を早期発見する最善の方法です。みんなで声をかけ合い、社会全体で日本の猛暑を乗り切りましょう」。