勃起障害は英語で「Erectile Dysfunction」といい、その頭文字をとってEDと呼んでいます。EDの主な症状は勃起するまでに時間がかかる、勃起の持続時間が短い、性交渉の途中で萎えてしまうなど、満足な性行為を行えない状態が生じることで、それらの症状はペニスの動脈が硬化することによって起こります。生活習慣病とも大いに関係しており、時には脳卒中や心筋梗塞といった病気の前兆として発症することも。EDの傾向を感じたら、ためらわず病院を受診しましょう。そうすることでEDの治療のみならず、その陰に潜んでいるかもしれない病気の予防にもつながります。
日本Men’s Health医学会理事長。日本抗加齢医学会理事長。泌尿器がんの根治手術と男性医学を専門とし、全ての男性を元気にする医学を研究している。
そもそも勃起とは、ペニスを構成する海綿体の筋肉と血管が緩み、そこに大量の血液が流れ込むことで起こる生理現象です。これが何らかの原因で妨げられたり、勃起の状態が維持できなくなったりするとEDになります。このときポイントとなるのが一酸化窒素(NO)です。NOは性的な興奮を感じた時に神経から分泌され、ペニスの血管を拡張させます。NOが十分に分泌されていれば、勃起もその後の勃起状態の維持もスムーズに行われます。
しかし残念ながら、少なくなってしまうことがあるのです。例えば、内臓脂肪がつくり出す活性酸素が体内にたまる酸化ストレスの増加や、男性ホルモンの一種であるテストステロンの減少。これらによってNOの分泌量が減少し、EDになることがあります。これらはEDの原因のひとつです。
EDは加齢の影響が大きく、かかりやすい年代を強いて挙げるならば60代以上が要注意といえます。しかし、若いからといってEDを発症しないわけではありません。仕事のストレスや病気の影響などによって、若くても心因性の勃起不全を発症することはあります。決して恥ずかしいことではないので、何歳であっても心当たりがあれば、適切に泌尿器科を受診しましょう。
その他にもEDは加齢、ストレス、喫煙、高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満、うつ病、前立腺肥大症、慢性腎臓病、睡眠時無呼吸症候群、神経疾患、心疾患、さらには服用中の薬の副作用など、様々なことが原因となって発症します。これらの原因は大きく4つのタイプに分けることができます。
心因性勃起不全 | 主に仕事の悩みや心配事などのストレスによって交感神経が活性化し、興奮や緊張が持続することで勃起しにくくなるタイプ |
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器質性勃起不全 | 勃起にかかわる神経や血管、ホルモン分泌などの異常や病気の影響により勃起しにくくなるタイプ |
混在型勃起不全 | 心因性と器質性が混在していると認められるタイプ。EDの症例の多くは、この混在型といわれている |
その他 | 薬の影響や原因不明など、上記には当てはまらないタイプ |
便宜上、原因を大まかに分類していますが、ほとんどのケースで複数の原因が混在しているとされています。 また心筋梗塞、狭心症といった心疾患、脳梗塞などの脳血管疾患患者さんの多くが、その発症前にEDを自覚している他、高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病を発症した人のうち、20~40%がEDだったというデータもあります。すなわち、EDは、全身疾患の進行を知らせるシグナルでもあるのです。「たかがED」と侮らず、適切に治療を行うことが大切です。
EDの代表的な症状は以下の通りです。
EDと聞くと「全く勃起しないこと」を想像するかもしれませんが、それだけではないのです。勃起も射精もしている場合でもEDのことがあり得ます。性行為の満足度が低い場合はEDの疑いがあると考えてよいでしょう。
朝、勃起しない(朝立ちしない)のはEDの最初の兆候といわれています。睡眠時、通常の健康な男性は平均8回程度、性的興奮とは無関係な自然現象としての勃起を繰り返しています。その中で目覚める直前に起こった勃起が「朝立ち」となります。しかしEDになると勃起する力が衰えるため、こうした自然現象が起こりにくくなり、結果として朝立ちもしにくくなります。EDの最初の兆候といわれるのは、このためです。
そういうと「朝立ちしなくても勃起はするし、マスターベーションもできるから問題ない」という人がいるかもしれません。しかしマスターベーションができるかどうかは、実はEDの指標にならないのです。マスターベーションは他人を必要としない行為のため、リラックスした状態で行うことができます。リラックスしているときは副交感神経が優位になり、勃起のメカニズムが働きやすい状態になっています。従ってEDの人でもマスターベーションでなら勃起も射精も問題ないというケースが多いのです。EDの問題点は、交感神経が活性化した緊張状態で勃起しにくくなるところにあります。
EDの一因である酸化ストレスの増加と男性ホルモンの減少はそのまま、うつ病の原因でもあります。ストレスの高まりから交感神経が活性化し、緊張状態が続くと、人は防御反応としてそこから逃げようとするようになります。その行動のひとつがうつ病だといわれています。うつ病とEDには、実は密接な関係があるのです。
また、うつ病だけでなく「LOH(ロー)症候群」と呼ばれる、男性の更年期障害を引き起こすこともあります。LOH症候群の主な症状としては、朝立ちの減少や性欲の減退、不眠、ほてり、頻尿、やる気がなくなる、おっくうになるなどが挙げられます。LOH症候群には女性の更年期障害のように明確な指標がないため、不調があっても、それが男性ホルモンの減少のせいだと結び付けるのが難しく、注意が必要です。
「EDかもしれない」という疑いをもったら、まずは病院を受診しましょう。EDの治療はシルデナフィル(バイアグラなど)の治療薬の服薬が基本です。ED治療薬の処方はどの診療科でも可能ですが、EDについてより専門的な知識をもっている泌尿器科を受診するのがよいでしょう。
中には「セックスレスだから治療しなくてもよい」「年齢的に恥ずかしい」と感じる人がいるかもしれませんが、先ほどもお伝えしたように、EDの陰には心筋梗塞や脳梗塞などの全身疾患が隠れている可能性があります。ためらわずに受診してください。
なお、診察は基本的に問診のみです。必要事項を調査票に記入するだけで終わるケースがほとんどで、排尿障害や糖尿病といったED以外に付随する病気が疑われる場合以外は下着を脱いだり採血をしたりする必要はありません。
泌尿器科医はアメリカでは「メンズドクター」と呼ばれ、女性にとっての婦人科のような存在になっています。これを機会に、かかりつけの泌尿器科医をもつのもよいかもしれません。
ED治療の基本である治療薬は、正式名称を「PDE5阻害薬」といいます。分解酵素の一種であるPDE5の働きを阻害し、血管の拡張が妨げられないようにする働きをもつ薬で、勃起機能を正常化させる効果があります。服用したからといって、勃起したままにはならないので安心してください。
2019年時点で、日本で認可されているED治療薬(PDE5阻害薬)は以下の通りです。
シルデナフィル(バイアグラ) | 世界で最初に開発されたED治療薬。世界中でもっとも広く利用されており、安全性や有効性への信頼も高い。服用後15分ほどで効果が出始め、4時間ほど持続する。ただし、食事の前後で服用すると効果が出にくくなってしまう |
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バルデナフィル(レビトラ) | バイアグラに続く、第2のED治療薬。効果や服用のタイミングはバイアグラとほぼ変わらないが、バイアグラの欠点ともいえる「食事の影響」が改善され、食事の前後で服用しても薬の効果に影響を与えにくくなっている |
タダラフィル(シアリス) | 最大の特徴は、効果が36時間持続すること。即効性と持続性を備えており、食事の影響も受けにくい。ED治療薬としてだけでなく、血管機能を向上させる薬としての効果も期待されている |
どの薬を用いて治療をするかは、患者さん自身が選択することができます。
などをもとに医師と相談し、自分に合った薬を選びましょう。
なおEDの治療薬は医師の処方箋がないと購入できません。ネット通販などで販売されているED治療薬には偽物や有害な物質が含まれている可能性があるので、決して手を出さないようにしましょう。
中にはED治療薬の効果がほとんど得られなかったり、効きめが弱かったりする人が1~2割くらいいます。これには元々のNO(一酸化窒素)の分泌量が関わっており、NOの分泌量が生まれつき非常に少ないという人は、ED治療薬を服用しても十分な効果が得られないことがあるのです。また糖尿病を長期に患っている人のうち4割程度の人には、ED治療薬が効きにくいというデータもあります。
ED治療薬の効果が十分に得られない場合は服用する量を増やす、男性ホルモンの投与を同時に行う、高血圧やコレステロールの薬を同時に服用するなどして、改善が見られるかどうかを確認します。
また極めてまれではありますが、外科手術が必要なケースもあります。
上記に当てはまり、なおかつ重度のEDの場合は手術でEDの治療を行うこともありますが、いずれもまれなケースであり、専門医の診察が必要です。
EDの中には血管が外部から圧迫されることにより、十分な血流が得られず、勃起障害を引き起こすタイプもあります。長時間座り続ける仕事の人は、ペニス周辺の血管が圧迫されてEDになる可能性が比較的高いといえるため、適度に立ち上がるなどして血管の圧迫を防ぎましょう。
冒頭でも説明した通り、EDの原因となる危険因子(リスクファクター)は様々ですが、そのうち肥満、運動不足、喫煙に関しては個人の努力で改善が可能です。それらを改善することは結果としてEDの予防にもつながります。自信をもって健やかな生活を送っていくためにも、小さな努力からコツコツ始めてみてはいかがでしょう。