最近、物忘れが多くなったり、うっかりミスが増えたりしていませんか?スマホを多用している人であれば「スマホ脳疲労」の可能性も。IT機器と賢くつき合いながら、脳の健康を維持していくために、最新の脳科学の知見を取り入れたセルフケアを実践していきましょう。
岐阜大学医学部卒業、同大学大学院博士課程修了。医学博士。米国ノースカロライナ神経科学センターに留学後、岐阜大学医学部附属病院脳神経外科病棟医長併任講師などを経て、2008年に「おくむらクリニック」を開院。「もの忘れ外来」を中心に認知症やうつ病の診療を多く手がけ、これまでに10万人以上の脳を診断。著書に『その「もの忘れ」はスマホ認知症だった』(青春出版社)、『「朝ドラ」を観なくなった人は、なぜ認知症になりやすいのか?』(幻冬舎)など多数。
スマートフォン(以下スマホ)の使い過ぎが習慣化すると、情報のインプットが多過ぎて「脳疲労」の状態に陥り、脳の情報処理機能が低下してしまいます。
人間は受け取る情報を脳の「前頭前野」という部分で処理していますが、前頭前野の情報処理機能には大きく分けて、
①浅く考える機能
②深く考える機能
③ぼんやりと考える機能
の3つがあります。絶えずスマホを見て情報をインプットしていると、①の機能ばかり使うことになり、脳はへとへとに。一方、②③の機能は使われずにフリーズしてしまいます(下図参照)。
最近の研究で、ぼんやりしている時に働く③の「デフォルトモード・ネットワーク」と呼ばれる機能が、脳にとって大変重要な役割をもつことが分かってきました。人はぼんやりしている時に情報の整理や分析を行ったり、「自分はどこに向かいたいのか」「自分とは何か」など、人間の本質に関わる思考を培ったりしているのです。
この機能がフリーズしてしまうと、自分を客観視できなくなり、手近な快楽に流されやすくなります。そのため脳が疲れているほどスマホの使用時間は長くなって、依存度が高くなりやすく、さらに疲れるという悪循環を起こしてしまうのです。こうした「スマホ脳疲労」は、30~50代の働き盛り世代に増えています。
□ スマホはいつでも手に取れる場所にスタンバイ
□ 1分の時間があればスマホを取り出す
□ 思い出せない名前などがあると、すぐスマホで検索する
□ バスの時刻表はスマホで「写真」を撮る
□ 初めての場所にスマホなしでたどり着く自信はない
□ 調べ物はほぼスマホやPCに頼っている
□ 年中忙しく、時間に追われている
□ 情報に乗り遅れることに不安がある
□ スマホの着信音やバイブレーションの空耳が聞こえることがある
□ 夜、布団の中でもスマホを見ている
→該当する項目が0~2個→青信号、3~5個→黄色信号、6個以上→赤信号。
脳疲労に陥ると前頭前野の情報処理機能全体が低下するため、今までやってきたことができなくなり、実際の生活のパフォーマンスが落ちてしまいます。具体的には、「①浅く考える機能」の処理能力が低下し、「物忘れが多くなる」「約束を忘れる」「うっかりミスが増える」「つまらないことに固執する」といったことが起こりやすくなります。
さらに、「②深く考える機能」が低下することで、思考力や判断力、集中力、意欲が低下。感情のコントロールもきかなくなって、「イライラしやすくなる」「キレやすくなる」「やたらと涙が出る」といった症状も現れます。
また、前頭前野の働きが悪くなると、心身を整えるカギとなる自律神経も乱れるため、多くの人が慢性的な疲れ、頭痛、めまい、不眠、肩こり、腰痛、冷え、便秘、腹痛といった身体的な不調を伴います。この状態を放置すれば、かなりの人がうつ病に移行していきます。
物忘れが増えると「若年性認知症では?」と心配する人もいますが、30~50代で認知症を発症するケースはまれです。ただし、脳疲労は脳の老化を進めてしまうため、そのままの生活を続けていれば、将来、アルツハイマー病などの認知症を発症するリスクが高くなります。
脳を最も疲れさせるのは、複数のことを同時に行う「マルチタスク」。
本来、脳は効率的に作業を行おうとする特性があり、違うことを同時にこなすのは苦手です。
女性は元来、男性に比べるとマルチタスクが得意なのですが、現代女性は仕事、家事、育児、介護など多くの役割を担うことがあり、過剰な負担が脳にもかかっています。
このため、マルチタスクに追われるピークである30~50代の女性は、特に注意が必要です。
スマホを長時間利用していた子どもは偏差値が下がるという報告もあり、日本医師会と日本小児科医会が、「スマホを使うほど、学力が下がります」という啓発ポスターを発表して話題になりました。
子どもにスマホを持たせることの是非は、それぞれの家庭にも事情があるので、一概には言えませんが、スマホに費やす時間が増え、今までこなせていた日課がこなせなくなったり、成績が落ちてきたりしたら、スマホが悪影響を及ぼしていないか注視する必要があります。時間を決めて使用させるなどの対処をしましょう。Q4を参考に、子どものうちからスマホとの賢いつき合い方を身につけさせてください。
スマホ依存から抜け出し、脳の機能を回復して賢くスマホを使っていくために、次の6つを意識しましょう。これらはスマホだけでなく、PCやタブレットのヘビーユーザーにも勧められる方法です。自分のできそうなところから始め、少しずつスマホから離れている時間を増やしていきましょう。実際にやってみると、これまでスマホに費やしていた時間を有効に使える、体調がよくなるといった様々なメリットに気づくはずです。
①すぐに検索しない
「思い出せなかったらすぐに検索する」ではなく、1分間は考えるクセをつけましょう。
②お風呂、トイレ、寝室にスマホを持ち込まない
この3カ所にはスマホを持ち込まないことで、スマホと距離をとることができます。
③食事中や会話中はスマホを触らない
マルチタスクは脳を疲れさせます。食べる時は「食べる」ことに集中することが大切です。
④ネットサーフィンはしない
息抜き目的のネットサーフィンは脳を疲れさせ、脳の中が情報のごみ屋敷になってしまいます。
⑤誹謗中傷サイトは見ない
脳は大変影響されやすい器官。脳がネガティブな考え方になってしまいます。
⑥なるべくナビに頼らない
ナビ機能に頼りきっていると、脳の空間認知能力が低下します。事前に地図で位置を確認し、ナビに頼らずに目的地へ行くようにしましょう。
スマホ、PC、タブレットなどのIT機器が欠かせなくなった社会では、デジタルとアナログのバランスをほどよく保つことが大切です。IT機器は特に視覚情報に偏っているので、意識的にIT機器から離れる時間をつくり、視覚以外の五感が刺激されるような体験を積んでいきましょう。
昨今は脳トレが流行っていますが、脳は鍛えるよりも休ませることでメンテナンスされ、脳全体の若返りにつながります。そのカギを握るのが、Q1でも述べた「③ぼんやりと考える機能」のデフォルトモード・ネットワークです。この機能を活性化させるような刺激は、私たちの脳の成長を促します。頭を使って深く考えることや、「リアルな質感」を伴った人やモノ、そして自然との交流を、毎日の生活の中で繰り返していくことが大事です。
1日5分でもよいので何もせずボーッとしよう。それが難しい場合は、ぶらぶら散歩したりジョギングしたり、何も考えずに体を動かすのも有効。
アウトプットするということは、自分の中でいったん情報を整理すること。スマホを使う時も、「○○について調べる」などしっかり目的をもって利用しよう。
メールではなく、あえて手書きで手紙を書くなど、時々でよいので、日常生活の中で自分の手足を動かして行う方法を取り入れるようにしよう。
ネットではなく店に行って購入するなど「リアルな質感」を伴った行為が大事。レストラン選びもグルメサイトに頼らず、自分の勘や嗅覚を頼りに探してみよう。
良質なタンパク質、ビタミンB群、鉄、オメガ3系の脂質(DHAやEPA)を食事でバランスよく摂ろう。サプリメントやドリンク剤などで補給するのも手。
睡眠中の脳では、疲労物質を代謝したり脳細胞を修復したりといったメンテナンス作業が行われている。どんなに忙しくても睡眠の確保を最優先に。
マイクロソフト社の創業者、ビル・ゲイツ氏が毎夕食後に30分間皿洗いをしているというのは有名な話です。皿洗いや風呂掃除などの単純作業に没頭していると、「ぼんやり考える」デフォルトモード・ネットワークが活性化し、いいアイデアがわいてくるというもの。野球の素振りや編み物などの身体動作も没頭しやすく、同様の効果が期待できます。