あなたは毎晩、満足に睡眠が取れていますか?厚生労働省「国民健康・栄養調査」(令和元年)によると、1日の平均睡眠時間が6時間未満の人は、実に男性37.5%、女性40.6%にも上ります。また、「睡眠の質」では、男女ともに 20~50歳代では「日中、眠気を感じた」、70 歳代女性では、「夜間、睡眠途中に目が覚めて困った」と回答した人の割合が最も高かったという結果に。
そこで、睡眠の大切な役割やメカニズムから、「いびき」、「睡眠時無呼吸症候群」、「不眠」など、睡眠のトラブルと、ライフスタイルの整え方をお伝えします。質のよい眠りのためにできることを、今日から始めていきましょう。
1982年東海大学医学部卒業。専門は呼吸器病学、睡眠医学。92年オーストラリアシドニー大学Colin Sullivan教授のもとauto CPAPの共同研究に携わる。虎の門病院睡眠呼吸センター長、睡眠呼吸器科部長を経て2020年より現職。日本睡眠学会認定医、日本内科学会認定医・指導医、日本呼吸器学会専門医。
睡眠には疲れた脳と体を回復させ、健康を維持、増進させる大きな効果があります。睡眠中に分泌される次のようなホルモンは、これらにかかわる重要な役割を担っています。
●成長ホルモン……成長期の子どもの筋肉や骨の発育を促す他、疲労回復や若さの維持、体の恒常(こうじょう性)に関与する。
●メラトニン……体内時計を正常に保つ。睡眠の質を高める(下グラフ参照)。
●コルチゾール……ストレスに負けない状態をつくる。
人の睡眠にはリズムがあり、「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」の2種類の睡眠を交互に繰り返しています。
●レム睡眠……浅い眠り。1回20分程度で、その間にストレスの処理や記憶の整理を行う。脳は活発に働き、覚醒(かくせい)に近い状態にある。夢を見るのもこの間。
●ノンレム睡眠……深い眠り。成長ホルモンの分泌や免疫機能に関与。ノンレム睡眠の中でも浅い睡眠のステージ1と2、深い睡眠の3と4がある。深くなるほど脳は休息状態になる。
入眠後はノンレム睡眠のステージ1から順に深くなり、そこから再度浅くなってレム睡眠に移行します。これを睡眠サイクルといい、約90分の周期で一晩に3回から4回繰り返します。睡眠の前半は深いノンレム睡眠が、後半には浅いノンレム睡眠が多くなり、朝に向かって覚醒しやすいリズムをつくっています。
体をつくる成長ホルモンなどはステージ3と4の深い睡眠の間に分泌されます。そのため、よい睡眠には、特にこれらのステージが多く現れる初めの2サイクルに当たる、就寝後3時間が重要とされています。
●高齢者は眠りが浅くなるのが自然
高齢者になるとステージ3から4、つまり深い部分がなくなり眠りが浅くなります。また、睡眠サイクルも短くなるため、中途覚醒が増えます。このような変化は加齢によって起こる自然なものですので、心配はいりません。「眠れない」という不安はさらなる不眠の原因となりますので、変化を受け入れることが大切です。
お酒を飲んだ日の夜や疲れた日などに時々いびきをかく、という人を含めると、日本人の半数以上がいびきをかいているといわれています。また、毎晩いびきをかく習慣性の人は加齢に伴い増加し、中高年では男性の6割、女性の4割に上ります。
いびきは、鼻や口と肺を結ぶ上気道の狭い部分を気流が通過する際に振動して起こります。多くの場合、上気道の筋肉の緊張が緩む睡眠中だけに起こる現象です。
生理的なものを含め、いびきは様々な原因で起こりますが、特に気をつけなくてはいけないのは、次の状態を伴う場合です。
●無呼吸……10秒以上の呼吸停止
●低呼吸……呼吸で出入りする空気の量が通常の半分以下の状態が10秒以上続く。
無呼吸や低呼吸が起こると脳や体が十分に休まらずに眠りが浅くなり、頻繁に目が覚めやすくなります。また、体中の酸素量が減って脳や内臓に悪影響が生じます。これらに該当しない場合でも、大きないびきは睡眠を浅くし、睡眠の質を低下させる原因になります。
●アルコールと睡眠
神経の高ぶりを鎮しずめ、気分をほぐすために少量の寝酒は有効ですが、多量の飲酒はいびきや睡眠の質を下げる原因となります。また、習慣になると摂取量が増え、依存症を招きやすいので注意しましょう。
一晩(7時間以上の睡眠中)に10秒以上の無呼吸が30回以上生じる病態を睡眠時無呼吸症候群(SAS)といいます。さらにその原因によって次の3つのタイプに分類されます。
●閉塞(へいそく)型……最も多い。舌や上あごの奥がのどを圧迫し、上気道がふさがって呼吸ができなくなる。「ガーッ、ガーッ」と大きないびきの後に突然、一定時間呼吸が止まる。低酸素により眠っていた脳が活動して覚醒命令が伝わり、呼吸が再開される。
●中枢(ちゅうすう)型……呼吸を調整している脳の中枢部の異常により無呼吸が起こる。いびきが少なく、夜中に目が覚めることが多い。
●混合型……「閉塞型」と「中枢型」が同時に存在する。
睡眠時無呼吸症候群の7割の人は肥満です。これは口腔(こうくう)内やのどの脂肪により気道が狭くなることが関係しています。肥満は最も高い危険因子ですが、やせていても骨格的特徴により睡眠時無呼吸症候群になる人がいます。特に日本人はあごが小さく、睡眠中に舌と咽頭と(いんとう)後壁(口の奥の突き当たりの壁)との距離が短くなるといった特有の骨格構造上の特徴があり、欧米人に比べてなりやすいといわれています。
以下の内容に当てはまることがいくつかあれば、睡眠時無呼吸症候群かもしれません。
早めに専門医を受診することをおすすめします。
□寝ている時、よくいびきをかく
□寝ている時、呼吸が止まっていると指摘されたことが度々ある
□あごが小さい、もしくは下あごが後ろに下がっている
□血圧が高め、もしくは高血圧の治療中である
□昼間によく居眠りをする、もしくは眠くなることがある
□いくら睡眠時間をとっても疲れがとれない、もしくはすっきりしない
□よく眠れていない気がする、もしくは夜中によく目が覚める
□朝起きた時に頭痛がする
□朝起きた時に口が渇いている
※自分では分からない場合は家族に聞いてみましょう。
眠っている間の症状なので本人の自覚はほとんどありません。しかし、無呼吸とその後の大きないびきの繰り返しによって、脳も体も十分に休むことができず、深い眠りを得ることができません。そのため熟睡感がなく、起床時の頭痛や昼間の強い眠気、居眠り、疲れ、だるさ、集中力の低下、いびきを繰り返すことによる口の渇きなどの症状を引き起こします。
●睡眠時無呼吸症候群は、昼間の不調や生活習慣病の原因に
また、自律神経の乱れやホルモン分泌への影響、酸素不足などにより、夜間頻尿(ひんにょう)や精神疾患(しっかん)、勃起不全、合併症として高血圧、心筋梗塞(こうそく)、心不全など生活習慣病の原因にもなります。
睡眠時のいびきや無呼吸は、生活習慣や眠る姿勢の指導の他、マウスピースによる治療や、鼻にマスクを装着し、気道が開くまで圧を上げる鼻CPAP治療によって改善することができます。
現在、日本には睡眠時無呼吸症候群の人は500万人いるといわれていますが、症状を自覚し、適切に対処できている人は多くありません。気になる人は早めに専門医を受診し、治療を行いましょう。
睡眠時無呼吸症候群は肥満の男性の病気だと思われがちですが、女性にも起こります。
女性の場合、女性ホルモンであるプロゲステロンに呼吸をつかさどる作用があるため、男性に比べると睡眠時にいびきをかいたり、低呼吸や無呼吸になる割合は低いとされています。しかし、プロゲステロンの分泌が減少する閉経期を迎える50代以降の女性は、男性同様に睡眠時無呼吸症候群が起こりやすくなります。また、やせていても顔面骨の構造により無呼吸が生じることがあります。女性の場合、男性よりも軽度のケースが多いですが、注意が必要です。
女性は、いびきを指摘する人がいなかったり、家族が先に寝ていて気づかれにくいといった背景から、疾患に気づかず適切に対処できていない人も多くいるのが現状です。
●子どもでも睡眠時無呼吸症候群になる?
子どもでも睡眠中に大きないびきをかいたり、肥満が進むなどして睡眠時無呼吸症候群になる場合があります。大人のように昼間に眠気を訴えることが少ないために見過ごされがちですが、睡眠の質の低下は心身の発育に様々な影響を与えるので早めの治療が必要です。睡眠時の異常ないびきや、日常生活における無気力、注意力の散漫、不機嫌になる、疲れるといった症状が見られたら睡眠時無呼吸症候群の可能性がありますので、早めに専門医を受診してください。
睡眠障害には様々ありますが、「眠れない」という不眠の原因で最も多いのが精神的要因によるものです。大切な日の前夜などに「眠れないかも」という思い込みや心配事、ストレスなど精神の緊張状態が脳や体に影響を及ぼし、睡眠を妨げます。
その他、次のようなことも不眠の原因になります。
●環境……寝室の気温や騒音、光など。
●食事……覚醒作用のあるカフェインなどを含む飲料の摂り過ぎなど。
●生活のリズム……昼夜逆転の生活や時差ボケ。
●病気……うつ病、神経症など。
また、実際は問題なく眠れているにもかかわらず、「眠れない」と病院を受診する人がいます。これは「睡眠状態誤認」と呼ばれ、神経質で几帳面、不安を持ちやすいといった性格的なことも関係します。
不眠を心配するあまり悪循環を繰り返す人も少なくありません。まずは、下記の「よりよい睡眠のための12か条」を参考に、ライフスタイルの改善から行っていきましょう。日中の活動に支障が出る眠気や疲れがある場合は、かかりつけ医や専門医を受診しましょう。
●うつ病と不眠の関係は?
ストレスなどによりうつ病にかかると、比較的早い段階で睡眠障害が現れます。「眠れない」と言って病院を受診した人にうつ病が発覚するケースもあります。うつ病による睡眠障害の場合、明け方に向かう2~3時に目覚めてしまい、朝まで眠れないといった特徴が見られます。うつ病は見逃していると長期化する場合があるので、不眠も1つのサインと知り、早めに対処することが大切です。
夜、寝ていても昼間に強い眠気が生じる「過眠症」には次のようなものがあります。
●ナルコレプシー……昼間、人と話していたり、大切な場面であっても突然眠り込んでしまう睡眠発作を起こす。睡眠発作以外にも入眠時の幻覚や、笑ったりびっくりすると全身の力が抜けてしまうカタプレキシー(情動脱力発作)、夜の睡眠障害などが起こる。
●特発性過眠症……1日中強い眠気がある。昼寝をしてもすっきりしない。
●周期性過眠症……周期的に日中眠い時期がある。症状が現れる期間は2週間程度で、数カ月ごとに起こる。
その他、次のような運動障害も睡眠障害の1つです。
●むずむず脚症候群……眠ろうと思うと脚の内側を虫が這っているような感じがする。
●周期性四肢運動障害……眠っている間に、脚がビクビクっと動く。
これらの症状の改善には、生活指導や薬物療法などが用いられます。
健やかな睡眠は、健康な心身を保つ上で大変重要な要素です。睡眠時間をきちんと確保する工夫と併せて、睡眠の質を高める生活を心がけることが大切です。
厚生労働省が発表した「よりよい睡眠のための12か条」を参考に、あなたの生活を見直してみましょう。
●市販の睡眠改善薬はどのような時に有効?
心配事などによって起こる一時的な不眠であれば、市販の睡眠改善薬を活用するのも一案です。穏やかな作用のため、用法・用量を守れば安全に使用することができます。気になることは薬剤師に相談しましょう。