ランナー貧血って?動悸、息切れ、パフォーマンスが上がらない……なら疑って

ランナー貧血って?

手軽に始められるスポーツとして取り組む人の多いランニング。ランナーが発症しやすい疾患の中でも意外と知られていないものに、ランナー貧血があります。動悸、息切れ、パフォーマンスが上がらない……といった症状があればランナー貧血かも。
ランナー貧血の特徴や、貧血に悩まされずに走るためのコツについて専門医がご紹介します。

監修プロフィール
ゆうき内科・スポーツ内科 院長 たなか・ゆうき 田中 祐貴 先生

1986年生まれ。神戸大学医学部卒。内科医・スポーツドクター。兵庫・大阪・京都の医療機関でスポーツ内科外来を開設した後、大阪府枚方市で「ゆうき内科・スポーツ内科」を開院。一般社団法人日本スポーツ内科学会の理事長も務める。内科だけでなくスポーツに関連する心理学、薬学、栄養学などにも精通し、全国的に珍しいスポーツ内科医として、スポーツ貧血、運動誘発性喘息、女性アスリートの無月経、オーバートレーニング症候群などの予防・治療に取り組んでいる。


ランナー貧血ってどんなもの?

ヘモグロビンが減少して起こるのが貧血

ヘモグロビンが減少して起こるのが貧血
貧血とは、血液内の赤血球に含まれるヘモグロビンが減少した状態のことを指します。通常、人は血液内のヘモグロビンによって酸素が全身に運ばれることで、健康な状態を維持しています。このヘモグロビンが減少すると、体内に酸素を十分に供給できなくなるため、疲れやだるさ、動悸、息切れ、めまい、頭痛、顔が青白くなる、気が遠くなるなどの症状が現れます。
貧血になる原因は様々で、けがや手術、出産、月経、病気などによる失血や、栄養不足や病気による赤血球の産生不足、そして外部からの衝撃や病気による赤血球の破壊などがあります。

ランナー貧血は主に3種類
貧血の原因や症状は様々ですが、スポーツをすることで起こる貧血を「スポーツ貧血」と呼びます。その中で、ランニングが原因となるのが「ランナー貧血」です。
ランナー貧血にはいくつかの原因がありますが、その主なものは、発症する人が多い順に、「鉄欠乏性貧血」「エネルギー不足による貧血」「溶血性貧血」になります。血液検査の結果や医師の診断でこの3つに当てはまらない場合、亜鉛不足が原因となる「亜鉛欠乏性貧血」なども考えられます。

<ランナー貧血の種類>

鉄欠乏性貧血

体内の鉄不足により起こる貧血。日常的に運動をしていると、筋肥大のために鉄がより多く必要となる上に、汗からも鉄を失う。さらに女性は月経に伴う出血で血を失うなど、様々な原因が重なり鉄欠乏性貧血になりやすい。

エネルギー不足による貧血

鉄以外にも必要な、タンパク質やビタミン、ミネラルといった栄養素が、食事から十分に摂取できていないことにより起こる貧血。ランニングはエネルギーを多く消費するため、エネルギー不足の状態になりやすい。

溶血性貧血

赤血球が何らかの原因によって破壊されることを溶血と呼ぶ。ランニングにおいては、足の裏に繰り返し衝撃が加わり、足の裏の毛細血管内を流れる赤血球が破壊されることで溶血が起こる。アスファルトなど硬い地面を走ると、さらに起こりやすくなる。

亜鉛欠乏性貧血上記3つに当てはまらない場合

一般的な血液検査で貧血の原因がわからない場合、亜鉛不足による貧血の可能性がある。亜鉛欠乏は、鉄欠乏同様に汗や尿からの亜鉛排出の増加により起こる。大学生以上の陸上長距離選手でまれに見られることがある。

鉄欠乏性貧血は、鉄量のバランスに要注意!
ランナー貧血で最も多いのが鉄欠乏性貧血ですが、なぜ起こるのでしょう。それは、運動量が増えることによって、次のような体内の「鉄量のバランスの乱れ」が起きやすくなるためであり、結果として、日常的に運動する人は運動をしていない人に比べて鉄が不足してしまうのです。
●鉄の摂取量が不足しやすい
走るための筋力アップや減量などを目的としたカロリー制限などで、食事の栄養バランスが偏ってしまい、十分な量の鉄を摂取できなくなる場合がある。
●運動や成長で鉄の需要が増加する
運動することにより筋肉量が増加した人や、成長期の子どもは、より多くの鉄を必要とするため、結果的に体内の鉄が不足する。
●発汗や出血により鉄の排出量が増える
運動に伴う発汗や消化器官における出血、女性の場合は月経による出血などで、体内から鉄が失われる。

他に貧血になりやすいスポーツは?
ランニング以外にも、貧血の主な原因となる「鉄欠乏」、「エネルギー不足」、「溶血」に陥りやすいスポーツは「貧血を起こしやすいスポーツ」と言えます。
●競技時間や練習時間が長く、体力消耗が激しいスポーツ
 サッカー、ラグビー、トライアスロンなど
●踏み切りと着地を繰り返し、足の裏に衝撃を与えるスポーツ
 バスケットボール、バレーボール、剣道など

競技時間や練習時間が長く、体力消耗が激しいスポーツ(サッカー、ラグビー、トライアスロンなど)は貧血を起こしやすい。

消化器官の出血やホルモンの働きが原因になることも
●激しい運動による消化器官からの出血

運動をしている時の体は、大きく動かしている手足に血液の流れを優先させます。そのため消化器官を含む内臓に血液が巡りにくくなりますが、特に胃は、その働きが弱ると粘膜がもろくなって血がにじむように出血することもありえます。他にも、ストレスや緊張など精神的な負担が胃にかかったり、体を動かすことで物理的に腸が揺さぶられ、ぶつかりあったりすることで、胃や腸から微量の出血を認めることはありえます。これらの出血が貧血の一因になるのです。
●細菌感染や炎症を起こしている時も注意!
近年、肝臓から分泌されるヘプシジンというホルモンの働きも、貧血の発症に大きく影響していることが分かってきました。ヘプシジンとは、鉄の吸収を阻害し、体内の鉄を減らす鉄代謝ホルモン。運動をすればするほど分泌され、便から鉄を排出してしまうため、鉄欠乏性貧血を引き起こす一因といわれています。また、ヘプシジンの分泌は、鉄を栄養源とする細菌や、活性酸素により細胞が傷つけられる「酸化ストレス」への防御反応の1つで、何らかの細菌感染や炎症がある場合に増える傾向があります。運動だけでなく、そのような不調がある時にも鉄欠乏性貧血のリスクが高まる可能性があります。


ランナー貧血はどんな症状が起こる?

症状に気づかないことも。放置すると重症化の恐れが
一般の人が趣味や体力づくりを目的に行うランニングの場合、ランナー貧血の兆候・症状は、体内の低酸素状態による動悸や息切れがメインです。その兆候が出た時点で、きちんと血液検査を実施した上で医師による鉄剤の服用などの治療を行えば重症化を防げますが、普段から激しいトレーニングを行っている人ほど、動悸や息切れに気づかなかったり、不調を感じてもトレーニングを続けてしまったりすることが少なくありません。その結果、貧血症状が徐々に進行し、重症化してしまうこともあります。貧血症状が進行すると、慢性的な疲れやだるさ、食欲不振、頭痛、めまいなどの症状が起こり、日常生活に支障が生じる場合も。動悸・息切れの症状が出たり、明らかなパフォーマンスの低下(持久力・筋力などの低下)が感じられるようになったりしたら、一度、血液検査をすることをおすすめします。
<ランナー貧血の症状チェック>
□動悸
□息切れ
□記録が伸びない
□足が重くて思うように動かない
□以前ほど長く走れない

朝礼で失神……よく聞く一般的な貧血との違いは?
学生時代、朝礼の最中に倒れてしまう人を見かけたことはありませんか? 倒れないにしても、朝起きる時にめまいがして気持ちが悪くなったり、急に立ち上がった時に立ちくらみを起こしたり……そんな症状も、一般に「貧血」と呼ばれることがあります。しかし、鉄やエネルギーの不足、溶血を主な原因とするランナー貧血に対し、フラフラ・クラクラする症状は、急に起き上がったり立ち上がったりすることで血圧が急激に下がり、循環していた血液が十分に脳に行き渡らずに脳が酸欠状態となって現れる、「脳貧血(起立性低血圧)」と言われるもので、ランナー貧血とは異なります。ただし、ランナー貧血でも、フラフラ・クラクラする症状を起こすことがあるので、最終的には医師の診察や検査を受けて「貧血」なのか「脳貧血」なのか判断すべきです。

ランナー貧血は、体の成長が深くかかわります。例えば中学生になると、体の急激な発育や変化が起き、筋肉量の増加に伴い血液の量も増えるため、鉄の需要が高まります。

ランナー貧血のリスクにかかわる「体の成長」
貧血は年齢に関係なく発症するものですが、ランナー貧血は、体の成長が深くかかわります。例えば中学生になると、体の急激な発育や変化が起き、筋肉量の増加に伴い血液の量も増えるため、鉄の需要が高まります。さらに部活などで運動する機会が多くなると、必要とする血液も増えるため、鉄が欠乏した状態になりやすくなります。高校生や大学生になると、運動量がさらに増加することがほとんど。日々熱心にトレーニングに励む人であればあるほど、ランナー貧血のリスクは高くなっていきます。

ランナー貧血を自分で確認する方法はある?
自分が貧血かどうかを簡単に確認するには、下まぶたを裏返してその色を見るという方法があります。下まぶたの色が白っぽかったら貧血の可能性がありますが、その診断も確実とはいえません。気になる症状があるなら、まずは医療機関を受診し血液検査を受けるようにしましょう。


ランナー貧血は治療や予防が可能?

スポーツ内科の受診がベター。難しい場合はかかりつけの内科へ
ランナー貧血の診療では、できる限り早く兆候や症状に気づくことが肝要です。自覚症状としては動悸、息切れ、パフォーマンス低下ですが、無症状でも実は貧血だという人もいます。ランナー貧血について詳しくない医師もいるため、スポーツ内科を探すのがベターですが、貧血を疑う症状や何らかの不調が現れたら、まずはかかりつけの内科に相談をするとよいでしょう。
貧血では鉄剤による治療が基本となりますが、体内の鉄が過剰になると、肝臓や膵臓、心臓などの臓器、末梢神経に影響を及ぼす可能性があります。貧血の原因が「エネルギー不足」なのに漫然と鉄剤を内服するのは、治療効果がないばかりか、かえって身体に毒となってしまう可能性があります。「貧血かな?」と思った時は自分で判断せずに医療機関を受診し原因を突き止めた上で、それに合わせた適切な治療を受けましょう。

日々の食事で対策や予防をしよう
治療による貧血の改善には時間がかかるため、日々の食事による貧血の対策や予防を心がけておくことが大切です。

●鉄欠乏性貧血の対策・予防
・鉄欠乏性貧血で摂るべき栄養素
日本人の成人(20~49歳)が1日の食事から鉄を摂取する量は、男性は7.5mg、月経のある女性は10.5mg、月経のない女性は6.5mgが推奨されています。また、鉄だけを摂取するのではなく、鉄の吸収を高めるビタミンCや体内で赤血球をつくる際に必要になるビタミンB群、血液中のヘモグロビンの材料となるタンパク質もバランスよく摂るようにしましょう。

赤身肉やレバー、赤身の魚、緑黄色野菜、海藻類、大豆製品、卵など。
※肉や魚に多いのがヘム鉄、野菜や海藻類、大豆製品、卵などに多いのが非ヘム鉄で、吸収しやすさに違いはあるがどちらもバランスよく摂るとよい。

ビタミンC

ブロッコリー、菜の花、ピーマン、いちご、グレープフルーツ、キウイフルーツなど。

ビタミンB群

干ししいたけ、キャベツ、豆類、胚芽米、にら、サバなど。

タンパク質

肉、魚、卵、乳製品、大豆製品など。

これらの栄養素を、できるだけ毎食摂るように意識しましょう。特に朝食ではタンパク質が摂りにくいので、気軽に食べられてアレンジもしやすい卵料理を食べるのもおすすめです。

朝食ではタンパク質が摂りにくいので、気軽に食べられてアレンジもしやすい卵料理を食べるのもおすすめ。

・効率よく鉄を摂るために注意したい栄養素や食材
食品から効率的に鉄を吸収するために、摂取する量やそのタイミングに注意したい栄養素もあります。次に紹介する食品については、全てを避けるべきではありませんが、食事の時に少し意識するだけで効率的な鉄の摂取につながります。
➡コーヒーや緑茶
鉄分の吸収を妨げるタンニンを含んでいます。飲むこと自体は問題ありませんが、食事中にたくさん飲むのは避けたほうがよいでしょう。

➡ハムやソーセージ、練り製品などの加工食品、清涼飲料水、スナック菓子など
これらの食品に含まれるリンも鉄分の吸収を低下させるため、摂り過ぎないように注意しましょう。

➡乳製品や納豆、小松菜などカルシウムを多く含む食品
カルシウムも鉄の吸収を阻害しますが、骨の成長には欠かせない必須の栄養素です。過剰に摂取しなければ問題ありません。

・サプリメントは補助的に使う
食事と合わせて市販のドリンク剤やサプリメントで鉄を補ってもよいのですが、それらはあくまで補助的なもの。貧血の予防にはつながりますが、治療にはなりません。鉄欠乏性貧血の人は医療機関で治療を受けましょう。

・鉄鍋の利用も鉄の摂取に有効!
ひじきは鉄が多く含まれる食品として知られていましたが、最近の研究で、ひじきの鉄の含有量はひじき自体のものではなく、調理に使う鉄鍋の鉄が溶け出した効果だったということが分かりました。このことから、鉄鍋での調理が鉄の摂取に効果があると注目されています。鉄鍋は調理をする度に鉄が溶け出すので、日々の料理にうまく活用するとよいでしょう。長い時間煮込むと、鉄鍋からより多くの鉄が溶け出します。さらに、お酢、ケチャップ、醤油、みそなど、酸性の調味料を加えると、鉄が溶け出しやすくなるといわれています。

●鉄欠乏性貧血以外の貧血も食事でケアできる?
赤血球が何らかの衝撃で破壊され、少なくなることで生じる溶血性貧血は、食事での予防は難しいのですが、その他の貧血は予防に役立つ食品があります。
・エネルギー不足
炭水化物不足が考えられるので、ごはん、パン、麺などの炭水化物(糖質)を多く含む食品を意識的に摂るようにしましょう。普段食べている量よりも、毎食1、2口増やす程度でもエネルギー不足が解消され、調子が上向く人もいます。

・亜鉛欠乏性貧血
カキなどの貝類や赤身の肉や魚などの亜鉛が多い食品を摂るとよいでしょう。鉄を多く含む食品には、亜鉛が豊富に含まれている場合が多いです。


ランナー貧血を予防し、ランニングを楽しむためのヒント

足の裏にかかる負担を軽減しよう
ランナー貧血のリスクを高めるのは、走る「強度」と「時間」です。速く短く走る短距離走とゆっくりしたペースで長時間走るマラソンでは、どちらがランナー貧血のリスクを高めるとも言い切れません。しかし明らかなのは、アスファルトのような硬い地面を走るよりは、土のグラウンドや陸上トラックのほうが足には優しいということ。足裏の衝撃によって起こる溶血性貧血のリスクを抑えることができる上に、けがもしにくいというメリットがあります。
また、足への衝撃を和らげるために、クッション性の高いソールのランニングシューズを選ぶのも有効です。本格的に走りたいという人やアスリートは、靴選びのプロであるシューフィッターに相談して、ご自身の足に合う靴やインソールなどについてアドバイスを受けるとよいでしょう。

無理をせずに走ることができる環境や時間帯を選ぶ
走る環境や時間帯に気をつけることも、ランナー貧血のリスクの軽減につながります。例えば、気温が高い中で走れば、汗を大量にかきます。汗をかくことで体内の鉄が排出されるだけではなく、エネルギー不足にも陥りやすくなります。特に近年は、熱中症の危険も伴う暑い日が長く続くので、気温や湿度が高い時期や時間帯、日影や休憩できる場所がない環境での長時間のランニングは、貧血のリスクを高めます。
温度や湿度が高い時は、早朝や日が落ちた後の涼しい時間帯に走り、適宜休憩を入れて水分補給をこまめに行うことが大切です。

走る環境や時間帯に気をつけることも、ランナー貧血のリスクの軽減につながります。

ランナー貧血になったら、走るのをやめたほうがよい?
ランニングは、人の健康によい影響をもたらすものであり、続けてこそ意味があります。ランナー貧血と診断されたからといって、その習慣を途切れさせてしまうのは非常にもったいないことです。ランナー貧血と診断されても、治療と並行してランニングを続けることはできます。とはいえ、度が過ぎたり、間違った方法で走り続けたりしていると、かえって健康を害してしまう恐れも。ランナー貧血と診断されたら、医師の指示に従いながら、強度や時間を少し抑えてランニングに取り組むようにするとよいでしょう。


ランニングを楽しむ皆さんへ

ランナー貧血を予防する上で大切なことは、正しい知識や予防策を得ることです。リスクやその原因を知り、予防に努めながら、楽しく無理なく、ランニングを続けていってください。

この記事はお役に立ちましたか?

今後最も読みたいコンテンツを教えてください。

ご回答ありがとうございました

健康情報サイト