「頭痛もちに関する夫婦の実態調査」では、約3人に1人は痛みを我慢し、約2人に1人はパートナーに頭痛のつらさを共有しないという結果に(※)。頭痛のつらさは目に見えず、人によって程度も異なるため、周囲の人から理解が得にくく、1人で我慢してしまう場合も。また、男性よりも女性のほうが頭痛に悩まされるケースが多いことが分かっています。この記事では、女性が頭痛もちになりやすい理由と、適切な対処法を紹介しながら、頭痛もちとそうでない人が互いに理解を深め、共に快適に過ごせる社会をつくるヒントをお伝えします。
※大正製薬株式会社「頭痛もちに関する夫婦の実態調査」より
医学博士。日本頭痛学会専門医・指導医・代議員。東海大学医学部卒業後、ドイツ・米国の大学にて脳神経内科を学ぶ。東海大学脳神経内科専任講師を経て、05年、にわファミリークリニックを開設。15年、専門医のみによる日本初の頭痛専門クリニックを開く。著書に『日本初の頭痛専門クリニックが教える最新頭痛の治し方大全』(扶桑社)などがある。
頭痛もちとは、検査をしても頭痛を引き起こす病気が見つからないのに、繰り返し起こる頭痛に悩まされている人のこと。頻度や痛みの強さは人それぞれですが、月に1日以上頭痛があれば、「私も頭痛もちかも?」と考える人が多いのではないでしょうか。頭痛もちは日本全国で約4000万人(※)と推定されており、男性に比べて女性のほうが多いことが分かっています。
繰り返す頭痛(慢性頭痛)には代表的なものとして片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛の3つがあります。そのうち女性に多いのが、片頭痛と緊張型頭痛。群発頭痛は男性に起こりやすいものですが、発症はまれです。
(※)一般社団法人日本頭痛学会「慢性頭痛の診療ガイドライン2021」より
片頭痛は、脳の血管が拡張し、脳神経の1つである三叉(さんさ)神経が刺激されることで起こります。20~40代の女性に多く、最も多いのは30~40代。この世代は、仕事や家庭などで何かと役割が多く、責任も重くなって無理をしがちな時期といえるでしょう。ちなみに男性は20~30代がピークです。女性の30代では5人に1人が片頭痛に悩まされているとされ、その数は男性の4倍近いといわれています。
脳の血管の拡張は以下の要因などによって引き起こされます。
<脳の血管を拡張する要因>
●ストレスがかかった時や、ストレスから解放された時
●寝不足の時や、睡眠をとり過ぎた時
●空腹(血糖値の低下)状態
●光・騒音・においなどの環境における外的要因
●アルコール摂取やカフェインの過剰摂取など特定の飲食物
●天候の変化
●女性ホルモン(エストロゲン)の変動
●遺伝的要因
このうち、女性に片頭痛が多い要因として、女性ホルモンの1つであるエストロゲンの分泌量の変動が挙げられます。エストロゲンの血中濃度が減少する排卵時や生理前・生理中は頭痛が起こりやすくなりますが、これは、エストロゲンの血中濃度が減ると脳の血管を調整する神経伝達物質であるセロトニンも減少し、血管が拡張するためです。
エストロゲンの分泌を抑えるピルは片頭痛の症状を強くする場合があるため、頭痛もちで服用を考えている人は医師に相談しましょう。また、更年期になるとエストロゲンが減少するのに加え、子どもの独立や夫の定年退職、親の介護といった生活環境の変化が重なり、頭痛が悪化する場合があります。
一方、妊娠してエストロゲンの分泌量が安定したり、閉経してエストロゲンの活性が著しく低下したりすると、片頭痛は起こりにくくなります。
悩みを抱えている、長時間同じ姿勢で過ごしている、冷えなど、心身のストレスが重なると、首や肩の筋肉が収縮し、血行不良を起こします。その際に血管内に痛み物質が発生し、神経を刺激して起こるのが緊張型頭痛です。特に現代人は、パソコンを使ったデスクワークやスマートフォンを使用する機会が多く、長い時間、目を酷使したり猫背の姿勢を続けたりするため、緊張型頭痛を起こしやすくなっています。コロナ禍を経てテレワークやマスクをつける機会が増えたことも、頭部や首の筋肉への負担となっています。
緊張型頭痛も男性よりも女性に多い頭痛で、男女差は約1.5倍。その理由は明らかにはなっていませんが、女性は男性に比べて首の筋肉が少なく、頭を支えるための負担が大きい点が考えられます。また、女性は基礎代謝が男性の3分の2程度と低く血行不良になりやすいことや、ヒールの高い靴を履く、足を組む、横座りといった筋肉に負担をかける姿勢の影響もあるでしょう。
頭痛を起こす環境要因の1つに、天候の変化があります。近年は「天気痛」「気象病」などともいわれ、その影響を実感している人も多いでしょう。日本ではここ数年、ゲリラ豪雨が増加したり猛暑が続いたりするなど、気象の状態がこれまでとは異なってきており、天候による頭痛への対処も必要です。
これまでの研究で、天候の変化のうち最も頭痛に影響するのは湿度だということが分かってきました。湿度が高くなると汗が蒸発せず、体に熱がこもって血管が拡張し、片頭痛の原因になります。除湿器やエアコンを活用して、湿度を調整するようにしましょう。
また、天候が変化する時は気圧も変化しますが、低気圧が近づく2日ほど前から徐々に外からの圧力が下がることで体が膨張し始め、脳の血管が拡張したり、体の膨張を抑えるために交感神経が活発になって自律神経が乱れたりして、片頭痛が起こりやすくなります。自律神経を乱しやすい女性は、気圧の影響も受けやすいといえるでしょう。耳周りのマッサージで血行を促す、規則正しい生活で自律神経を整えるといった対処が有効です。
さらに、気温が高く汗をかく季節では、体が水分不足になりがちに。水分が不足すると血液循環が悪くなり片頭痛や緊張型頭痛の原因になるので、水分もこまめに摂るよう心がけましょう。緊張型頭痛は、気圧や気温の急激な変化によるセロトニンの分泌の乱れでも起こります。
片頭痛の人の8割は緊張型頭痛を併発しているとされ、実は医師でも診断が困難です。肩や首のコリからくる緊張型頭痛には動いたほうが楽になるという特徴があり、動くと痛い片頭痛とは全く逆。病院に行くほどではなくセルフケアで対処したいと考えるなら、以下のポイントで片頭痛かどうかを見極めるとよいでしょう。
<片頭痛を見極めるポイント>
① 歩く、階段を上るなど日常的な動きをしても痛む
② 吐き気または嘔吐を伴う
③ においに敏感になる
④ 光のようなものが見え、視界が欠ける「前兆」があり、頭痛発症時には消失する
⑤ 頭痛の数時間前から2日前に首や肩が張る「予兆」があり、頭痛消失時までには「予兆」も消失する
⑥ 痛みの持続は短く、4時間から長くても3日間
光や音に過敏になる人は片頭痛、緊張型頭痛のいずれも考えられますが、最近の研究で、においに敏感になる場合はほぼ片頭痛であることが明らかになりつつあります。片頭痛の場合は、室内を暗くして体を休めたり、冷たい缶コーヒーで喉ぼとけの両端にある太い血管(頸動脈)やこめかみを冷やしたりすると症状が軽減します。コーヒーに含まれるカフェインには血管を収縮させる効果もある上に、砂糖入り(人工甘味料を除く)の物なら脳血管を拡張させる低血糖状態も緩和できるため、缶コーヒーを飲むのも有効です。
一方、緊張型頭痛の場合は冷やすのはNG。入浴や蒸しタオルなどで首や肩を温めたり、ストレッチなどで首や肩を動かしたりすると、血流が促されて痛みの緩和に有効です。
頭痛の対処として実際に多く行われているのは、市販の解熱消炎鎮痛薬をのむことです。我慢してつらさを翌日に持ち越さないように、用法・用量を守って活用するとよいでしょう。
しかし、女性の中には頭痛もちの上に生理痛が重く、月に10日以上解熱消炎鎮痛薬を服用している人もいます。そのような高い頻度で服用したり、予防的に薬をのんだりしていると、痛みに過敏になり、症状が持続する薬物乱用頭痛を発症する場合があります。頭痛もちの人で「月に6日以上、頭痛のために解熱消炎鎮痛薬を服用している」もしくは「いつもと違う痛みや日ごとに痛みが増すような頭痛」がある場合は、総合内科専門医や脳神経内科などを受診しましょう。
妊娠中や授乳中は薬の服用をためらってしまうもの。その場合でも服用できる薬はあるので、かかりつけ医に相談しましょう。特に妊娠中の頭痛は妊娠高血圧症候群など別の疾患の可能性もあるので注意しましょう。
頭痛の対処法などについては「頭痛」「女性の頭痛タイプと、対処法予防法を解説」「片頭痛を「いつものこと」と放っておかないで! 夏の片頭痛の原因と予防・対処法」もご覧ください。
頭痛もちであっても、積極的な対処を行わず痛みに耐え、我慢してしまう人もいます。その背景として、頭痛のつらさが人には理解されにくく、怠慢を疑われたり、症状を軽んじられたりする風潮があることも否定できません。その結果、自分でも「たかが頭痛」と思ってしまいがちに。
我慢していると起こり得る弊害として以下のことが考えられます。
<頭痛を我慢することで何が起こる?>
①症状が悪化する
脳は痛みを記憶していくため、我慢を続けていると痛みの質がどんどん変わっていく。その結果、症状が徐々に悪化する。
②日常への影響
無理をすることで生活や仕事に支障を来し、やりたいことややるべきことができなくなって、生活の質(QOL)や社会の生産性の低下につながる。
③病気の発見・治療が遅れる
デスクワークなどでの姿勢の悪さから起こる「後頭神経痛」、脳脊髄液の漏れから頭蓋(ずがい)内圧が低下して起こる「特発性低頭蓋内圧性頭痛」、激しい頭痛が起こる「可逆性脳血管攣縮(れんしゅく)症候群(RCVS)」、ピルによってリスクが高まる「脳動脈洞(のうどうみゃくどう)血栓症」など、女性に多い頭痛を伴う病気は様々。放置してしまうと、これらの病気の発見が遅れる危険性がある。
頭痛は命にかかわらないから……などとほったらかしにしてよいものではありません。中には対処法を知らずに我慢を重ねてしまう人もいますが、これまでに紹介したセルフケアからスタートし、改善しないようならぜひ医師に相談してください。
家族や友人、同僚という近しい関係であっても、「理解されない」「人に伝えても症状が改善するわけではない」といった様々な理由から、自分が頭痛もちであることを打ち明けない人がいます。確かに周囲の人全てに理解を得るのは難しいかもしれません。しかし、周囲には頭痛もちの人のつらさに寄り添いたいと思っている人は多く(※)、認知してもらうことによって、サポートを受けられたり、トラブルを回避できたりするメリットが考えられます。家族など身近な人であれば、医療機関を受診する際に同行してもらい、一緒に医師から説明を受ければ理解も得やすくなるでしょう。
※大正製薬株式会社「頭痛もちに関する夫婦の実態調査」より
頭痛は、もはや国民病といえるものであり、個人の課題ではなく社会課題として取り組む必要があります。自分も周囲も、「たかが頭痛」などと我慢する・我慢させるようなことがあってはいけません。頭痛もちの人にぜひ取り組んでもらいたいのが、自ら頭痛に関する情報を発信していくこと。実際にSNSを活用して社内などで頭痛もちの人たちが集まるグループをつくり、発信している人たちもいます。「蛍光灯の明るさがつらい」「緊張型頭痛ではカーディガンより首を冷やさないストールのほうが有効」など、情報は小さなことでもOKです。頭痛もち同士の情報共有になり、さらに、寄り添いたいと考えている周囲の人もアクションを起こしやすくなります。
1人で我慢せず、頭痛もちの人もそうでない人も、みんなが快適な社会を、みんなでつくっていきましょう。