耳の「内耳」には、音を伝える働きの「蝸牛(かぎゅう)」と、バランスを保つ働きの「三半規管(さんはんきかん)」があります。そのため内耳に障害が生じると、難聴やめまいが起こります。主な内耳の病気は、突発性難聴とメニエール病。難聴もめまいも、しばらくすると慣れてしまい放置しやすい傾向がありますが、いずれも放置すると治癒が難しくなります。症状が現れた場合は、一日でも早く受診することが必要です。
※この記事は2014年6月のものです。
1982年近畿大学医学部卒業後、大阪大学耳鼻咽喉科学教室入局。関西労災病院医長、大阪大学助手、市立川西病院医長を経て、94年あしだ耳鼻咽喉科を開院、現在に至る。医学博士。日本耳鼻咽喉科学会認定専門医。補聴器適合判定医師。
耳には主に、「音を伝える働き」と「バランスを保つ働き」があります。耳の構造は、入口から外耳、中耳、内耳の3つに分けられ、「音を伝える働き」にかかわる蝸牛と、「バランスを保つ働き」にかかわる三半規管は、一番奥の内耳にあります。これらは隣り合っているため、どちらかに障害が起こるともう一方にも影響を及ぼし、症状として難聴や耳鳴り、めまいが同時に起こることがあります。代表的な内耳の病気には、突発性難聴とメニエール病があります。
「蝸牛」はリンパ液で満たされており、音を伝える神経細胞である「有毛細胞」が並んでいます。音の振動がリンパ液に伝わって有毛細胞を刺激すると、電気信号が発生して脳に伝わり、音として認識されます。
「三半規管」もリンパ液で満たされています。体が動くと、この三半規管内にあるリンパ液が動いて電気信号を発信。これが脳に伝わると、バランスを保つように、脳から目や全身の筋肉に指令が送られます。
突発性難聴は近年、患者数が増加傾向にあり注目されています。突発性難聴とは、音を感知する内耳の蝸牛にある、「有毛細胞」が障害を受けて、突然、主に片方の耳が聞こえなくなる病気です。発症の前触れはなく突然音が聞き取れなくなるので、難聴をはっきりと自覚できるのが特徴です。男女共どの年代にも起こりますが、50~60代に多く見られ、1度起こると再発はしません。
難聴の程度には個人差があり、全く聞こえなくなることや、耳に綿や耳垢が詰まったような違和感を感じることもあります。そしてほとんどの場合、難聴と同時にキーンという高い音の耳鳴りが起こります。また約半数には、自分や周囲がぐるぐる回るようなめまいが起こることがあります。
音を感知する有毛細胞が障害を受ける原因は不明ですが、突発性難聴の発症には生活習慣とストレスが大きく関与しているとされ、次の説が有力です。
内耳の血流障害や炎症が続くと、有毛細胞が完全に障害を受けてしまい、聴力の回復が難しくなります。突発性難聴はおよそ3分の1が完治し、3分の1は回復するが難聴を残し、3分の1は改善しないとされていますが、早期治療で改善の可能性は高まります。症状が現れたら決して放置せず、1日でも早く耳鼻咽喉科を受診しましょう。
難聴 | 突然、主に片方の耳で起こる。何となく聞こえにくい、全く聞こえない、など個人差がある。 |
耳鳴り | キーンという高い音が聞こえる。 |
めまい | 約半数に、自分や周囲がぐるぐる回るようなめまいが起こることがある。 |
突発性難聴は、いつ聞こえにくくなったかがはっきり分かるのが特徴。聞こえにくさや耳鳴り、めまいを感じたら、1日でも早く耳鼻咽喉科を受診して治療を受けることが、症状の改善につながる。
立ち上がった時などに、目の前が暗くなりクラッとするのは、「立ちくらみ」。めまいが耳や脳の病気が原因で起こるのに対し、立ちくらみは、脳への酸素不足が原因で起こります。立ちくらみが起こる背景には、起立性低血圧や鉄欠乏性貧血の他、自律神経の乱れや更年期障害、睡眠不足などがあります。
突発性難聴を発症したらすぐに受診し、聴力など耳の機能を調べる検査を行います。そして主な治療は、安静と薬物治療です。安静は次のような理由から必要となり、場合によっては入院することもあります。
薬物治療では主に、次のような薬を用います。
1)循環改善薬
内耳の血流を改善する。注射薬や内服薬を用いる。
2)ステロイド薬
ウイルス感染で起こった内耳の炎症を抑える。最近では、直接薬を注入する「鼓室内注入法」も行われる。
「鼓室」に直接ステロイド薬を注入。薬が患部に直接作用するため他の部位には影響がなく、副作用が軽減する。
原因は不明ですが、メニエール病になると、蝸牛のリンパ液が増えて水ぶくれの状態になります。その水ぶくれが“音を伝える”役割をもつ蝸牛を圧迫すると、低い音が聞こえにくい、耳が詰まったように感じるなどの難聴や、ブーンという低い耳鳴りが現れます。さらに水ぶくれが進んで“バランスを保つ”役割をもつ三半規管を圧迫すると、ぐるぐる回るようなめまいが10分~数時間起こります。
突発性難聴と症状が似ていますが、メニエール病では、めまいが繰り返し起こるのが特徴。そして多くの場合、めまいが起こる前に、両方の耳に難聴や耳鳴りなどの前触れが現れます。
めまいは自覚症状を強く感じやすいといわれる一方で、難聴や耳鳴りは、気のせいなどと放置しやすい傾向があります。さらにメニエール病では、めまいや難聴が起こってもしばらくすると元に戻るため、繰り返すうちに慣れてしまい、受診が遅れるケースが少なくありません。
しかし放置すると、蝸牛の水ぶくれが進行して聴力はどんどん低下します。やがてリンパ液を包む膜が破れると、聴覚障害が元に戻らない恐れがあります。治癒の可能性を高めるためには早期治療が肝心。聴覚症状が現れたら、早めに耳鼻咽喉科を受診しましょう。
発症しやすいのは、30代後半~40代前半の女性。特に強いストレスや疲労がきっかけとなる場合が多く、次のようなタイプに起こりやすい傾向があります。
難聴 | 低い音が聞こえにくい、耳が詰まったような感じがする。 |
耳鳴り | ブーンという低い音が聞こえる。 |
めまい | ストレスを感じた時や疲れた時などに、自分や周囲がぐるぐる回るようなめまいが繰り返し起こる。 |
蝸牛内のリンパ液の量が増えると、まず蝸牛を圧迫して難聴や耳鳴りが起こる。さらに進行して三半規管を圧迫すると、めまいが起こる。
めまいは、タイプによって危険なものがあります。ふわふわ、ふらふらするめまいと同時に以下のような症状が1つでも見られる場合は、脳出血や脳梗塞など、命にかかわる脳の病気の可能性があります。緊急事態と判断し、すぐに救急車を呼ぶなどの対策が必要です。
メニエール病治療の二本柱は、症状を誘因するストレスの対策と薬物治療です。これにより、6~7割の患者に改善の効果が見られます。ストレスをためないためには、毎日少しでもよいので息抜きの時間をつくるよう意識しましょう。
薬物治療では主に、次の薬を用います。
また症状に応じ、めまいを抑える「抗めまい薬」や、内耳の炎症を抑える「ステロイド薬」も用います。
最近では、「鼓膜マッサージ器療法」などの、新しい治療を行う病院も増えています。
めまい発作のきっかけとなるストレスや疲労を解消すると同時に、内耳の状態を改善する薬物治療を行うことで、6~7割が改善する。
めまいだけが起こる代表的な耳の病気は、「良性発作性頭位めまい症」です。特徴は、見上げる、寝返りを打つ、下を向くなど頭の位置を変えた時に、ぐるぐる回るようなめまいが数秒から3分程度、起こることです。危険な病気ではなく、慣れるとめまいは現れなくなります。
原因は、バランスを保つ三半規管に、不要な老廃物などが入り込むこと。すると頭を動かした時に、三半規管のリンパ液の流れが乱れて脳へ信号が正しく送られず、めまいが起こります。
薬物療法では主に、循環改善薬や抗めまい薬、抗不安薬が使われます。他にも、平衡感覚を鍛える運動などのセルフケアが有効です。
ベッドから起き上がる、高い所を見上げるなど、頭を動かした時に、三半規管のリンパ液の流れが乱れてめまいが起こる。
めまいがあると、再発の不安から運動を控えがちです。しかしメニエール病や良性発作性頭位めまい症では、体を動かしたほうが血液の流れがよくなり改善につながります。また、メニエール病のケアで重要なストレス対策にもなります。他にも、次のケアを心がけましょう。
めまいが起こった時間帯やきっかけなどを、できるだけ詳しく記録しましょう。自分のめまいの傾向やストレスとなる生活習慣を客観的に知ることで、不安の軽減と症状の改善につなげることができます。
〈記録例〉
日付・時間 | 3月15日6:45 |
めまいの程度 | ぐるぐる回る |
継続時間 | 1時間くらい |
きっかけ | 朝起き上がった時 |
睡眠時間 | 6時間 |
出来ごと | 残業が続いた |