スマートフォンの使用によって「スマホ首」と呼ばれる、いわゆるストレートネックに悩む人が増えています。首の不調は体をコントロールする自律神経にも影響するもの。正しくケアしていきましょう。
東京大学医学部卒業。医学博士。脳神経外科医。40年以上首の研究を続け、首のこりが副交感神経に障害を与えることを世界で初めて発見し、治療法を確立させる。現在は海外からも多くの患者が治療に訪れている。『「スマホ首」が自律神経を壊す』(祥伝社)他著書多数。
総務省の調査による日本人のモバイル機器(スマートフォンとフィーチャーフォン)でのインターネット利用時間を見ると、平成30年度で全世代の平均が72.9分(平日)となっています。5年前の調査結果と比較するとモバイル機器での利用は急増しており、約30分も延びています。
ストレートネック(スマホ首)とは、うつむいた姿勢により首の筋肉に痛みやこりが現れ、体中に不調が出た状態です。使用目的が限られていた携帯電話に比べ、多くのことができるスマートフォンは、より長い時間集中して使われる傾向があります。人間は集中している時はあまり体を動かさないため、うつむいた姿勢を長時間続けることとなり、首の後ろの筋肉に負担がかかってしまいます。そのことによって首に痛みやこりの症状が現れ、体中に不調が出てしまうのが「ストレートネック(スマホ首)」です。
人間の頭の重さは5~6キログラムで、男性が投げるボウリングの球くらいの重さがあります。しかもうつむく角度によって筋肉への負担は大きくなり、30度傾けると約3倍、45度傾けると約4倍になるという研究結果も。起きてから寝るまで頭を支え続けている首の筋肉に、これだけの負担がかかってしまうのです。
首には7つの骨(頸椎:けいつい)が前方にカーブを描いて並び、このカーブがクッションのような働きをして頭を支えています。しかし、首の筋肉がうつむいた姿勢のまま固まってしまうと、その筋肉に引っ張られて骨が真っすぐに並んだ状態になることも。これが「ストレートネック」と呼ばれるものです。
首のカーブが失われると、ますます筋肉への負担が大きくなり、体中に不調が起こります。反対に、首の筋肉への負担を軽減することで、ストレートネック(スマホ首)が改善され、結果的に不調が治る場合もあります。
ストレートネック(スマホ首)になるのは、スマートフォンを使用することだけが原因ではありません。パソコンを使う、本を読む、料理をする、電車の中で下を向いて寝るなど、長時間にわたって首を前に傾けた姿勢でいること全てが原因となり得ます。また、むち打ち(頸椎捻挫)や頭部外傷も首の筋肉を傷めるため、ストレートネック(スマホ首)と同様の症状が現れます。
ストレートネック(スマホ首)では頭痛やめまい、さらには、目の不調、ドライアイ、ドライマウスといった不定愁訴も現れます。この不定愁訴は首の筋肉のこりが自律神経の1つ、副交感神経に障害をもたらすために起こるもの。自律神経が乱れることから、うつ、慢性疲労症候群、パニック障害、不眠症、多汗症、機能性胃腸症など様々な症状が現れるのです。これら首の筋肉のこりによる病気は、頸性神経筋症候群(けいせいしんけいきんしょうこうぐん)というもので、「首こり病」と呼ばれます。
首のこりに起因する症状の中でも特に女性とかかわりの深いものが、更年期障害です。女性ホルモンが急激に減少することで起こる更年期障害も、実は首の不調が原因という場合があります。血液中のホルモン量を調べる検査で数値に異常がなかったり、婦人科での治療で改善が見られなかったりした場合は、年齢のせいだと諦めずに首の不調を疑うとよいでしょう。若い女性で更年期障害と似た症状に悩んでいる場合も同様です。
首の筋肉のこりが引き起こす症状は、体中のいたるところに様々なかたちで現れます。重症になると総合病院の全科にわたる症状が出ますが、どの科でも症状を軽減する治療や投薬を行うだけで、根本的な改善になりません。うつから自殺に至ることも実際に起こっています。このような症状が治療しても改善しない場合は、首の筋肉のこりに詳しい医療機関を受診してみてください。
呼吸や体温、血流などをコントロールして体の臓器や器官を動かす自律神経には、体を興奮状態にする交感神経と、安静にする副交感神経があり、バランスをとり合いながら働いています。自律神経のメカニズムはいまだ完全に解明されていませんが、臨床的に明らかになっていることは数多くあります。
これまで首に異常が起こると交感神経が強く働き過ぎてしまうと考えられてきましたが、私たちの研究では、むしろ副交感神経が働かなくなると分かってきました。そして、その過程で見つけたのが、副交感神経の働きに影響する「副交感神経センター」の存在です。
自律神経は脳から全身に張り巡らされており、首はその通り道にあたります。副交感神経センターがあるのは、頭半棘筋、頭板状筋、僧帽筋などがある首の上半分の位置。自律神経を覆っているそれらの筋肉の強ばりによって、副交感神経が働きを阻害され、交感神経とのバランスが崩れて不調が現れることが分かりました。
その不調の1つがうつで、このうつは精神疾患のうつとは異なり、自律神経うつともいうべきものです。
ストレートネック(スマホ首)になりやすい人は、その名の通りスマートフォンをよく使うなど、うつむいた姿勢を長く続ける人です。さらに、首が細い人や首の筋力が弱い人もなりやすく、一般に男性よりも筋肉量が少ない女性のほうがリスクは高めです。最近は若い男性がスマホ首になるケースも増加していますが、その背景には男性の筋肉量の低下があるようです。
また、加齢と共に筋肉量は低下するため、若い世代より中高年以降のほうがストレートネック(スマホ首)になりやすいといえます。
ストレートネック(スマホ首)の予防・改善には横になって首を休めるのが一番ですが、忙しい時や外出時は難しいでしょう。そこでおすすめなのが、背もたれのあるいすに座り、首に両手を当てて30秒間後ろに倒すだけの「ネックリラクゼーション」です。
15分に1回程度行うのがベストですが、時間がとれない場合は30分に1回を1分程度行うのでもOK。ストレッチのように筋肉を伸ばすのではなく、筋肉を緩めることを意識してください。さらに効果を得たい場合は、ネックリラクゼーションと共にホットタオルやドライヤーで副交感神経センターがある首の上半分を温め、血行を促すとよいでしょう。
これらのセルフケアを行っても痛みやこりが改善しない場合は、ストレートネック(スマホ首)を診療できる医療機関に相談を。首の検査を行い、特殊な低周波での治療や温熱療法を施している専門治療医療機関での治療がおすすめです。
肩はいくらもんでも問題ありませんが、首は多くの神経が通るとてもデリケートな場所。そのため、強い力でもんだり押したりしてはいけません。また、首の筋肉を強化しようとトレーニングを行うと、逆に筋肉に負荷がかかり悪化させてしまいます。首の不調を癒すには、とにかく首の筋肉を休めることが大切です。
「ストレートネック(スマホ首)」にならないためには首の筋肉に負担をかけ過ぎないことが大切。日常生活では次のようなことを意識しましょう。
●スマホはネックリラクゼーションをしながら
スマートフォンは目の高さで使うとよいのですが、実際には手が疲れて難しいでしょう。ネックリラクゼーションを行っていれば低い位置で使用しても問題ありません。
●パソコンは目線の高さで
うつむいた姿勢にならないように画面は目の高さに調整しましょう。首への負担を考えると、デスクトップタイプか、できるだけモニターの大きなノートタイプがおすすめです。いすに深く座りパソコンと距離を保つことで姿勢も改善できます。
●バッグはバランスよく持つ
左右アンバランスな姿勢も首への負担になります。ショルダーバッグなど片方の肩にかけるものは、時々持ち替えて体の左右のバランスを整えましょう。リュックサックは左右均等に負荷がかかるのでおすすめです。
●入浴で血の巡りをよくする
入浴は副交感神経の働きを高め、血の巡りもよくなるので筋肉の疲れをとるのに効果的。40度程度のお湯に10分くらい、首までしっかり浸かる全身浴がおすすめです。
●首周りを温かくする
季節を問わずストールなどを持ち歩き、首を冷やさないようにしましょう。お風呂上がりに濡れた髪をそのままにしておくと首が冷えてしまうので、すぐに乾かすこと。
●睡眠で首をいたわる
質のよい睡眠をとり、首の疲れを回復させましょう。夜に十分な睡眠がとれなかった場合は、日中にこまめに横になるのも有効です。
「ストレートネック(スマホ首)」から心身を病んで命にかかわってしまうケースも。首の不調を侮らないでください。