「AGA(エージーエー)」は「androgenetic(男性ホルモン性の) alopecia(脱毛症)」の略で、日本では、「男性型脱毛症」や「壮年性脱毛症」と呼ばれます。昨今では「AGA」という言葉のまま、よく耳にするようになりました。
髪は加齢により自然に減っていくものですが、男性の場合、早ければ思春期以降、徐々に額の生え際が後退し始めたり、頭頂部が薄くなったりするAGA特有の脱毛が見られます。AGAは、男性ホルモンとそのレセプター(受容体)の働きが関係する脱毛で、遺伝の影響が大きい生理的な現象です。しかしながら、見た目の印象を大きく左右してQOL(生活の質)を低下させてしまうことから、日本人の男性の約3人に1人が悩んでいる※といわれています。
近年、AGAのメカニズムの解明と治療法の研究が進み、エビデンス(科学的根拠)のある治療の選択肢が増えてきました。そのため様々な情報があふれ、かえって迷ってしまうこともあるでしょう。AGAを治療する際は正しい知識をもち、自分が納得できる治療法や医薬品を選ぶことが大切です。また、AGAは遺伝の影響が強いものの、普段の生活習慣も影響します。生活習慣を整えて、全身の健康を維持することが髪の健康にもつながります。
※ 日本皮膚科学会「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン」(2017年版)より
1996年北里大学医学部卒業。同大学医学部皮膚科学教室助手、カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部外科学教室、北里大学医学部皮膚科学教室診療講師、同大学専任講師などを経て2014年より現職。日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・指導医、毛髪科学研究会世話人など。
毛髪は、頭皮内を「毛根」、頭皮から出ている部分を「毛幹(もうかん)」といいます。毛根を包む「毛包(もうほう)」は髪を産生する役割を担い、その根っこにある「毛球(もうきゅう)」の奥には、「毛乳頭(もうにゅうとう)」があります。この毛乳頭の毛細血管から「毛母細胞」に十分に栄養が行きわたると、毛母細胞の細胞分裂が活発化し、髪の成長が促進されるのです。
毛髪の寿命は2~6年です。その間に一定のヘアサイクル(毛周期)があり、次のような過程を経て自然に抜けていきます。
<正常なヘアサイクル>
・成長期(2~6年)…古い毛髪が抜けて、新しい毛髪が生える。その後、太く長く成長する。
・退行期(2~3週間)…毛球部が退化し始める。
・休止期(3~4カ月間)…毛球部が完全に退化し、毛髪の成長が止まっている期間。
このように、1つの毛穴で成長期、退行期、休止期のサイクルを繰り返し、毛髪は何度も生まれ変わっているのです。ちなみに、1日に自然に抜ける髪の毛の数は70~80本程度といわれています。
AGAになると、このヘアサイクルが速くなり、通常2~6年ある成長期が約1年に短縮されてしまいます。成長期が短いため、髪が太く硬く育つ前に抜け落ちてしまい、AGAの抜け毛は細く柔らかく、短いことが特徴です。
<AGAのヘアサイクル>
また成長期が短くなるため、毛包などの毛の組織全体が育たないままヘアサイクルが進み、毛包も徐々に小さくなって(ミニチュア化して)いきます。そのため、本数が減るだけでなく、次に生える毛の一本一本も細くなり、地肌が見えやすい“薄い”状態になるのです。
それではなぜ、ヘアサイクルの短縮化が起きるのでしょうか。
毛髪の成長は、毛乳頭からの指令でコントロールされています。毛乳頭に、血液にのって男性ホルモンのテストステロンが運ばれてくると、「5αリダクターゼ」という酵素と結合して「ジヒドロテストステロン(DHT)」という、より強力な男性ホルモンの一種に変換されます。5αリダクターゼにはⅠ型とⅡ型があり、主にⅡ型がDHTへの変換に関与しています。
この酵素によって変換されたDHTこそが、AGAの原因物質です。DHTは男性ホルモンのレセプター(受容体)と結合して毛乳頭に作用し、毛の成長期を短くしてしまいます。DHTと結合する男性ホルモンレセプター(受容体)の感受性の強さには個人差があり、遺伝的に感受性が強い人が薄毛になりやすいことが分かっています。
なお、男性ホルモン(テストステロン)の量が多い人がAGAになるというわけではなく、血中のテストステロン量はAGAの人もそうでない人も変わりありません。
AGAは高熱を伴う感染症に罹患した後や、血流が悪くなるような生活習慣があると進行しやすくなります。頭皮の血流は滞りやすく、血流が発毛に影響するためです。次のような生活習慣に注意しましょう。
<AGAに影響する生活習慣>
・高熱を伴う感染症
感染症などで高熱が出たり体調が悪くなったりすると、AGAは一気に進行しやすくなります。インフルエンザや新型コロナウイルスなどの感染症が流行している時期は、マスクや手洗いなどの感染症対策を行い、なるべく罹患しないように気をつけましょう。
・過度なダイエット
髪の栄養となるタンパク質やビタミン、ミネラル(特に鉄や亜鉛、銅)などが不足すると、毛乳頭は栄養不足になります。そのため過度なダイエットを行うと、髪は細くなり、抜けやすくなります。
・ストレスや睡眠不足
ストレスや睡眠不足は自律神経を乱します。それによって血流が悪くなり、毛母細胞に栄養が届かなくなります。
・喫煙
喫煙はビタミンやミネラルを消耗したり、毛細血管の血行を悪くしたりするため、髪の成長を妨げます。
・パーマやカラーリング
髪を形成するタンパク質が変性し、そのダメージによって毛髪が弱くなり、抜け毛につながります。
・シャンプーのし過ぎ
シャンプーを過度に行うと頭皮の保護膜である皮脂を洗い流し過ぎてしまい、髪の成長を妨げます。頭皮から分泌される皮脂は徐々に毛髪に広がり、乾燥や刺激から守る天然のコーティング剤としての役割を果たすため、ある程度の皮脂は必要です。
頭髪や体毛のうち、性ホルモンの影響を大きく受ける毛を「性毛(せいもう)」といいます。中でも、男性ホルモンの影響を強く受ける毛には、前頭部や頭頂部の頭髪、ひげや胸毛などの体毛があり、5αリダクターゼⅡ型や男性ホルモンレセプター(受容体)もその場所に多く分布しています。そのため、AGAでは表のように前頭部や頭頂部などの毛が薄くなっていくのが特徴です。
なお、AGAでは急激に髪が抜けることはありません。上表のような抜け方であっても、急激に抜ける場合には、円形脱毛症や内臓の疾患の可能性も考えられるため、必ず皮膚科専門医を受診しましょう。
AGAの治療法や治療薬には、主に以下のようなものがあります。
●外用薬(発毛剤)
・ミノキシジル外用薬
ミノキシジルは、元々高血圧治療の内服薬として1960年代にアメリカで開発されました。その臨床試験中に多毛症が現れたため、改めて頭皮に塗る外用薬として開発された医薬品です。ミノキシジルは小さくなった毛包に直接働きかけて、次のように作用します。
① 毛包を活性化して、休止期から初期成長期への移行を促進する。
② 成長期を維持し、太い毛髪(硬毛)を増加させる。
毛包が完全になくなってしまった箇所の発毛は期待できませんが、小さくても残っていれば、毛包を本来の状態に近づけるように大きく成長させ、発毛を促進することが期待できます。なお、使用をやめると徐々に元に戻るため、継続的な使用が必要です。
ミノキシジルを主成分とした発毛剤は、市販薬(第1類医薬品)として薬局・薬店、製薬会社や薬店のオンラインストア等で販売されています。購入の際は、薬剤師に対面またはメール(オンラインの場合)で症状を伝え、説明を受けることが義務づけられています。
男性用の外用薬には、ミノキシジルを5%配合した物と1%配合の物があり、女性用では1%配合の物のみが国内で承認されています。なお、ミノキシジルの内服薬(飲み薬)が海外などで製造販売されていますが、重篤な副作用が現れるリスクがあるため、国内ではAGAに対する治療薬として承認されていない※ことも知っておきましょう。
※日本皮膚科学会HP「国内未承認のいわゆる発毛薬の服用が原因と考えられる健康被害の発生について」
●内服薬(DHT阻害薬)
AGAの原因物質であるDHTがつくられないようにする内服薬です。医師の処方が必要な処方薬ですので、皮膚科専門医のいる医療機関を受診しましょう。
・フィナステリド
「5αリダクターゼⅡ型」の働きを阻害することで、DHTがつくられないようにする薬です。
・デュタステリド
「5αリダクターゼⅡ型」と「5αリダクターゼⅠ型」の両方の働きを阻害する薬です。元々は良性前立腺肥大症の治療薬として開発・認可され、その後、AGA治療薬としても承認されました。
フィナステリドもデュタステリドも、処方は成人男性のみに限られ、女性への投与は禁じられています。また、使用をやめると徐々に元に戻るため、継続使用が必要です。
いずれの薬も精子数の減少や射精障害など、精子に影響を与えることがあるため、妊活をしている男性は医師によく相談しましょう。
●外科治療
・自毛植毛
自分の髪を、発毛組織を含む頭皮ごと薄毛の部分に移植する手術です。移植する組織は、目立ちにくく、男性ホルモンの影響を受けにくい後頭部から採取されることが一般的です。
●その他の対処法
・ウィッグなど
ウィッグなどを使用することで、QOLを上げることができます。最近はおしゃれとしてウィッグを活用することも多くなっています。
AGAの治療を始める際は、まずは薄毛や抜け毛が、円形脱毛症などAGA以外の脱毛症や体の病気ではないかを確認することが大切です。そのため、皮膚科専門医を受診することや、市販薬の場合には薬剤師によく症状を伝えて相談しましょう。
また、AGAの治療薬は継続することで効果を発揮し続けるため、「長期間、体に使う医薬品である」という意識で、医薬品の質を見極める目をもつことも重要です。例えば国内で承認されている医薬品であるか、信頼できる製造元の医薬品かなど、治療をする人がしっかり確認をしましょう。
髪や爪、肌などの直接的に命にかかわらない組織は「健康のバロメーター」ともいわれます。なぜなら私たちが取り込んだ栄養は、脳や内臓など命にかかわる臓器に優先的に使用されるため、栄養状態が悪くなると、真っ先に影響が出てしまう場所だからです。
AGAは、遺伝や加齢の影響が避けられないとしても、生活習慣を整えて体を健康にし、体の隅々まで血流と栄養を巡らせておくことが、進行を予防するための大切なポイントになります。
(1)食事
髪を育てるために必要な栄養素には、髪をつくる元となるタンパク質の他、ビタミンB・C群、ミネラル(特に亜鉛、鉄分)などがあります。バランスよく摂ることが大切です。
〈髪のために摂りたい栄養素〉
・タンパク質…髪の主成分。肉、魚、豆類などから良質なタンパク質を意識的に摂る。
・ビタミンB群…毛母細胞を活性化させ、発毛を促す。ほうれん草やブロッコリーなど色の濃い野菜や、豚ヒレ肉や鶏のささみにも多く含まれる。
・ビタミンC群…抗酸化作用があり、細胞の働きを健全に保ち、頭皮の状態を整えてくれる。柑橘類などの果物、ピーマン、ゴーヤなどに多く含まれる。
・亜鉛…亜鉛は髪のもとになる毛母細胞の分裂に欠かせない栄養素だが、体内ではつくり出すことができず、なおかつ食事からの摂取も難しい栄養素。牡蠣やエビ・カニ・貝などの魚介類や、肉類に比較的多く含まれる。
・鉄分…鉄不足により体内の酸素が少なくなると、毛乳頭まで十分な酸素や栄養分が行き届かず、髪の毛が細くなったり、抜け毛が増えたりする。レバーなどに多く含まれる。
(2)睡眠
髪の成長に欠かせない「成長ホルモン」は、睡眠中に分泌されます。成長ホルモンの分泌がピークを迎えるのは眠り始めの3時間。この時間に深い睡眠を得られるように、寝る直前まで寝床でスマートフォンを見続けるなど、眠りが浅くなる行動は避けましょう。
(3)運動
運動をすると成長ホルモンが分泌され、睡眠の質も高まります。筋トレと、ランニングなどの有酸素運動を組み合わせることがおすすめです。
(4)ストレスマネジメント
ストレスは交感神経を優位にして血管を収縮させ、頭皮の血流を低下させます。また、不眠や食欲減退などの悪影響も……。ストレス発散に運動を取り入れるのもよいでしょう。
(5)紫外線を避ける
強い紫外線を浴びると頭皮や毛髪は乾燥し、傷みやすくなります。長時間外にいる場合は帽子をかぶったり日傘をさしたりして、紫外線対策をしましょう。
頭皮の血流が悪くなると、頭皮が乾燥しやすくなったり、毛髪が抜けやすくなったりすることが明らかになっています。また、毛根全体にまで栄養分が十分に届きにくくなり、毛髪の産生や成長にも影響します。AGAの予防には頭皮をマッサージして、血行を促すのが効果的です。入浴中に行うなど、毎日の習慣に組み込みましょう。
マッサージは強く押し過ぎると、かえって頭皮を傷めてしまいます。指の腹を使って、気持ちよいと感じる程度の力で適度に行うようにしましょう。
AGAは進行性で、治療薬はいずれも継続することで効果を発揮します。長い付き合いになるからこそ、納得できる医薬品や治療内容・契約※であるかどうかを、自分自身でも確認して選ぶ姿勢が大切です。
医薬品の質については、信頼できる皮膚科専門医・薬剤師を通じて処方・販売されているか、国内で承認されているか、信頼できる製造元かなどが確認のポイントになります。
QOLを向上させ、人生を前向きに過ごしていくためのAGA治療ですから、納得した選択をすることが前向きな人生につながっていくことでしょう。そして、髪の健康の土台には全身の健康があるということも忘れず、生活習慣の改善も同時に行っていきましょう。
※東京都消費生活総合センター 東京暮らしWEB 消費者注意情報「薄毛治療(AGA治療)に関する相談が増加しています ~AGA治療はクーリング・オフが適用されません~」