女性が薄毛・抜け毛になる原因は様々で、幾つかの原因が混ざっていることも多くあります。主な原因には「加齢」、「FAGA(女性男性型脱毛症)」、何らかの理由で休止期(毛髪の成長が止まる時期)に移行する髪が増える「休止期脱毛症」があります。さらに女性には限らないものの、髪を引っ張り続けるヘアスタイルなどが原因で起きる「牽引(けんいん)性脱毛」や、自己免疫反応がかかわる「円形脱毛症」などもあり、女性の薄毛・抜け毛の原因は多岐にわたります。そのため、男性に比べて診断が難しいのが特徴です。
また、女性の薄毛・抜け毛で気をつけたいのが、無理なダイエットや貧血による栄養・血流不足です。髪は栄養状態が悪くなると影響が出やすい部位なので、髪の健康のためにも毎日の食事で十分に栄養を摂るようにしましょう。
順天堂大学医学部卒業。順天堂大学医学部附属順天堂医院皮膚科に入局し、ロンドン大学王立医科大学院ハマースミス病院皮膚科、越谷市立病院皮膚科医長などを経て現職。共著に『薄毛の科学』(日刊工業新聞社)がある。
毛髪の寿命は2~6年で、その間に一定のヘアサイクル(毛周期)があり、次のような過程を経て自然に抜けていきます。
<正常なヘアサイクル>
・成長期(2~6年)…古い毛髪が抜けて、新しい毛髪が生える。その後、太く長く成長する。
・退行期(2~3週間)…毛球部が退化し始める。
・休止期(3~4カ月間)…毛球部が完全に退化し、毛髪の成長が止まっている期間。
このように、1つの毛穴で成長期、退行期、休止期のサイクルを繰り返し、髪は何度も生まれ変わっています。
女性の薄毛・抜け毛の主な原因は以下のようにたくさんあり、幾つかの原因が重なっていることも多くあります。
(1)加齢
女性の薄毛・抜け毛の原因で最も多いのが加齢です。女性ホルモン(エストロゲン・プロゲステロン)には、女性の髪にとって以下のような重要な役割があり、更年期に女性ホルモンが減少すると、薄毛・抜け毛が進行しやすくなります。
<髪に対する女性ホルモンの働き>
・エストロゲン…新陳代謝と血流を促進させ、健全な頭皮環境を保つ。主に発毛を促すことにかかわるホルモン。
・プロゲステロン…成長期を長く保ち、髪を抜けにくくする。主に髪が太く長く成長することにかかわるホルモン。
これらの女性ホルモンの分泌が減る更年期から閉経後は、休止期の髪の割合が増えて髪の本数が減っていきます。また、髪が細くなって地肌が見えやすくなる上、髪が柔らかくハリがなくなって、ボリュームダウンが気になるようになります。さらには髪がうねり、ツヤがなくなるなど、様々な髪の悩みが起こってきます。
(2)FAGA(FPHL)
女性の体内にも卵巣や副腎でつくられる男性ホルモンがあり、髪をつくる細胞(毛母細胞)が男性ホルモンの影響を受けやすい体質をもっていると、男性のAGAのような薄毛・抜け毛が現れることがあります。
このような脱毛症は、一般的には「FAGA(女性男性型脱毛症:female androgenetic alopecia)」と呼ばれています。しかし実際には、男性と発症時期が異なっていたり(男性は早ければ思春期以降に発症するのに対し、女性は更年期前後に目立つことが多い)、男性ホルモンによるものだけでは病態が説明できない場合があったりすることから、現在は国際的に「FPHL(女性型脱毛症:female pattern hair loss)」という病名を用いることが多くなっています。
FAGA(FPHL)ではヘアサイクルが短くなり、細く柔らかく短い抜け毛が増える
FAGAになると、男性のAGAと同様に、通常2~6年ある成長期が約1年に短縮されます。成長期が短いため、髪が太く硬く育つ前に抜け落ちてしまい、細く柔らかく、短い抜け毛が多いのが特徴です。
休止期の髪が増えて髪全体の本数が減るのと同時に、髪を産生する毛包などの組織が育たないまま徐々に小さくなるので、次に生える毛の一本一本も細くなって、地肌が見えやすい状態になります。
FAGA(FPHL)の原因は、いまだ解明されてはいない
男性のAGAは、男性ホルモンのテストステロンが「5αリダクターゼ」という酵素によって、「ジヒドロテストステロン(DHT)」という、より強力な男性ホルモンに変換されることで起こります。このDHTが男性ホルモンのレセプター(受容体)と結合し、髪をつくる毛母細胞の分裂を妨げて、成長期を短くしてしまうのです。
しかし、女性では5αリダクターゼや、男性ホルモンのレセプター等に関して明らかになっていないことも多く、どのようなメカニズムでFAGAになるのかは、いまだ解明されていません。
(3)休止期脱毛症
通常、髪の成長が止まる休止期は3~4カ月間続き、頭髪全体の5~10%が休止期に当たります。「休止期脱毛症」とは、何らかの原因で休止期が延びたり、成長期の髪が急に休止期に移行したり、休止期から成長期に戻らなかったりすることで、毛の密度が減っていく脱毛症です。
休止期脱毛症は、「急性休止期脱毛」「慢性びまん性休止期脱毛」「慢性休止期脱毛」の3つに分けられます。
①急性休止期脱毛
成長期の髪が急激に休止期に移行する脱毛です。精神的ストレス、高熱や大量出血、手術、栄養不良などをきっかけに休止期に移行し、数カ月後に脱毛します。他に、女性に多い鉄欠乏性貧血や急激なダイエット、摂食障害なども原因になります。
産後の抜け毛も、急性休止期脱毛の1つ
産後、多くの女性に見られる抜け毛は「産後脱毛」や「分娩後脱毛症」と呼ばれます。早い人では産後すぐに始まり、3~6カ月ごろをピークに徐々に落ち着き、多くの場合、およそ1年後には妊娠前の髪の状態に戻るので心配はいりません。
産後脱毛の原因は、女性ホルモン分泌量の急激な変化です。エストロゲンとプロゲステロンは、普段は月経周期に合わせてほぼ交互に活性化しますが、妊娠中は両方とも大量に分泌されており、主にプロゲステロンの働きで成長期が延長し、本来抜けるはずだった髪が抜けにくくなっています。
しかし、産後に女性ホルモン量が急激に減って妊娠前の状態に戻ることで、休止期に移行する髪が一気に増えます。さらに、授乳中に分泌されるプロラクチン(乳汁分泌を刺激するホルモン)には髪の成長を抑制する作用があり、休止期への移行を促進します。
休止期に移行した髪はその後、通常のサイクルに戻り、髪の抜ける本数も妊娠前の状態に回復します。ただし、父親がAGAの場合、産後脱毛をきっかけにFAGAが進行することがあります。はっきりしたメカニズムは分かっていませんが、産後1年を過ぎてFAGAに特徴的な薄毛のパターンに当てはまる場合は、FAGAを疑ってみてもよいでしょう。
②慢性びまん性休止期脱毛
「びまん」とは“全体的にはびこる”という意味で、頭頂部など一部の薄毛が目立つわけではなく、頭部全体が薄毛になっていくのが特徴の脱毛で、6カ月以上かけて進行します。栄養障害(鉄欠乏性貧血、無理なダイエット)などの他に、甲状腺疾患や膠原病、慢性腎不全、肝機能障害、糖尿病、がんなどの病気によって起こりやすく、栄養状態をよくしたり、病気を治療したりすることで回復する可能性があります。
③慢性休止期脱毛
少なくとも6カ月以上、10年単位の長い時間をかけて進行する薄毛です。壮年期(25~44歳ごろ)の女性に多い脱毛で、原因は不明です。
(4)その他の脱毛症
・牽引性脱毛症
別名「ポニーテール脱毛」ともいわれ、ポニーテールやシニヨンなど髪を引っ張る髪型、ヘアーエクステンション(つけ毛)をつけ続ける、長期間かつらをつけ続けるなど、髪を引っ張ったり頭部を圧迫したりし続けることで、血流が悪化して起こります。
・円形脱毛症
円形脱毛症は長らく、精神的なストレスが原因で起きると考えられてきましたが、自らの体を守る免疫システムが、毛包の組織を攻撃してしまう「自己免疫反応」によって引き起こされることが分かりました。ウイルス感染や疲労、出産、外傷などがきっかけで起こり、コイン大の1カ所だけの脱毛や多発するもの、頭部全体が脱毛するものなど様々なパターンがあります。
薄毛が気になる場合、まずは1日で抜ける髪の本数を数えてみると、治療が必要な薄毛・抜け毛の症状かどうかの判断に役立ちます。
1日に自然に抜ける髪の本数は70~80本程度で、このくらいであれば問題ありません。ただし100本以上抜けている場合は、何らかの脱毛症の可能性があります。洗髪をした日としない日では抜ける量も異なりますが、1週間ほど数えてみて、平均して100本以上抜けているようなら脱毛症を疑いましょう。抜け毛を数えるのは大変ですが、自分では「抜けている」と思っていても、実は正常な範囲内だった……ということも少なくありません。
(1)FAGA(FPHL)の症状
FAGAは更年期前後に目立ってくるのが一般的で、短くて細く、柔らかい抜け毛が多くなってくるのが特徴です。
症状の中では、頭頂部の分け目の髪が細く薄くなるパターンが最も多く、他に前髪の分け目が薄くなることもあります。エレベーターの監視カメラに映る自分の頭頂部にドキッとしたり、前髪の分け目が広がってヘアスタイルが決まらなくなったり……といったことで気づくこともあるでしょう。
他に男性のM字型のように薄くなるパターンもありますが、いずれの場合でも男性ほど毛量は減らず、地肌がたくさん見えたり短期間で薄くなったりするようなことはありません。
なお、思春期の頃から男性のような薄毛・抜け毛が起き、同時に生理不順、多毛、ニキビなどに悩んでいる場合は、男性ホルモンの値が高くなる多嚢胞性卵巣(たのうほうせいらんそう)という婦人科系の病気の可能性があるため、精密検査が必要です。
(2)休止期脱毛症の症状
①急性休止期脱毛
長く太い髪が抜けます。栄養状態が悪い(鉄欠乏性貧血、無理なダイエット)、高熱や大量出血、手術、出産などをきっかけにして、その数カ月後に起こるため、抜け毛だけでなく、全身の栄養状態や最近の病歴などを振り返ると、急性休止期脱毛の症状かどうかを知る手立てになります。
②慢性びまん性休止期脱毛
頭部全体が6カ月以上かけて薄毛になっていきます。甲状腺疾患や膠原病、慢性腎不全、肝機能障害、糖尿病、がんなどの病気があり、症状があまりよくない場合に付随して起きるため、薄毛の症状だけでなく全身症状からも確認できます。
③慢性休止期脱毛
少なくとも6カ月以上、10年単位の長い時間をかけて徐々に進行します。FAGAでは更年期前後で症状が目立ってくるのに対して、慢性休止期脱毛は30代くらいから目立ってきます。FAGAのように軟毛になることは少なく、両側の側頭部にも産毛が見られるのが特徴です。
(3)その他の脱毛症の症状
・牽引性脱毛症
引っ張られたり、圧迫されたりしている箇所の髪が抜けます。普段の髪型も確認してみましょう。
・円形脱毛症
円形脱毛症で抜ける髪は「感嘆符毛」と呼ばれ、感嘆符(!)のように根元に向かって髪が細くなっているのが特徴です。皮膚科でダーモスコピー(拡大鏡)を使い、髪の形状を調べることで診断できます。
急性休止期脱毛や慢性びまん性休止期脱毛など、栄養障害や内臓の病気が原因で起きている抜け毛の場合は、まずは原因となっている栄養障害や病気を治療することが先決です。また、牽引性脱毛の場合はヘアスタイルを見直しましょう。
女性の薄毛・抜け毛の中でもFAGA(FPHL)の治療薬は、ミノキシジルの外用薬(塗り薬)が市販薬として販売されています。薬剤師に自分の症状を説明し、症状がFAGA(FPHL)に当てはまる場合に限り、薬剤師から薬の説明を受けた上で購入できます。
ミノキシジル外用薬(発毛剤)
ミノキシジルは小さくなった毛包に直接働きかけて、次のように作用します。
① 毛包を活性化して、休止期から初期成長期への移行を促進する。
② 成長期を維持し、太い毛髪(硬毛)を増加させる。
毛包が完全になくなってしまった箇所の発毛は期待できませんが、小さくても残っていれば、毛包を本来の状態に近づけるように大きく成長させ、発毛を促進することができます。使用をやめると元に戻るため継続使用が必要です。
女性用としては、ミノキシジル1%配合の製剤が国内で承認されています。5%配合の物は男性用で、女性用には承認されていないため使用できません。用法・用量を守って正しく使用しましょう。
なお、ミノキシジルの内服薬(飲み薬)が海外などで製造販売されていますが、重篤な副作用が現れるリスクがあるため、国内ではFAGA(FPHL)の治療薬として承認されていないことも知っておきましょう。
女性の薄毛・抜け毛に対しては、医師による処方箋が必要な医療用医薬品としても、保険が適用される確立した内服療法はありません。男性用の薄毛・抜け毛治療薬であるフィナステリドやデュタステリドは、女性には副作用や安全性の点から禁忌ですので、服用しないようにしてください。
ウィッグやパーマなど
ウィッグなどを使用することで、QOL(生活の質)が向上します。最近はおしゃれとして気軽にウィッグを活用することも増えています。他に、髪色を明るくしてカットやパーマでふんわりさせることで目立たなくするなど、薄毛に悩み過ぎないためのヘアスタイルを前向きに検討するとよいでしょう。
女性の薄毛・抜け毛では栄養不足が影響していることも多くあります。健康な髪と頭皮のために、以下のポイントに注意して、生活習慣を改善しましょう。
極端に食べないダイエットなどによって栄養不足になることが薄毛を進行させます。過度なダイエットは避けましょう。
髪を育てるために必要な栄養素には、髪をつくる元となるタンパク質の他、ミネラル(特に亜鉛、鉄分)、ビタミンB群、ビオチンなどがあります。
<意識して摂りたい栄養素>
・タンパク質
タンパク質は髪の主成分です。肉、魚、卵、牛乳や乳製品、豆類などから意識的に摂りましょう。肉などをあまり食べない女性も多く、慢性的にタンパク質不足になっている人もいます。摂取量の目安は、体重50kgの人であれば1日50g。この量のタンパク質を摂るには、肉類や豆類なら1日250gぐらいが必要です。両手の手のひらにのる量のタンパク質食材を目安にすると分かりやすいでしょう。
・鉄分
鉄不足により体内の酸素が少なくなると、髪の元になる毛母細胞まで十分な酸素や栄養分が行き届かず、髪の毛が細くなったり、抜け毛が増えたりします。生理のある女性は慢性的な鉄分不足で、「かくれ貧血」の人も多く、それが髪に影響していることもあります。レバーなどに多く含まれます。
・亜鉛
亜鉛は毛母細胞の分裂に欠かせない栄養素です。体内ではつくり出すことができず、なおかつ食事からの摂取も難しいので、今の日本人の食生活では特に少なくなりがちです。カキやエビ・カニ・貝などの魚介類や肉類に比較的多く含まれています。サプリメントもありますが、過剰摂取にならないよう注意しましょう。
・ビタミンB群
毛母細胞を活性化させ、発毛を促します。ほうれん草やブロッコリーなど色の濃い野菜や、豚ヒレ肉や鶏のささみにも多く含まれています。
・ビオチン
皮膚を健康にし、髪を丈夫にする栄養素です。豆やナッツ類、鶏レバーや卵などに多く含まれています。
睡眠不足で自律神経が乱れると、血流が安定しなくなり髪の成長を妨げます。夜にしっかり睡眠をとり、副交感神経を優位にすることで血流がアップします。また、髪の成長に欠かせない「成長ホルモン」も睡眠中に分泌されます。睡眠時間の確保だけでなく、成長ホルモンの分泌がピークを迎える眠り始めの3時間に深い睡眠を得ることが大切です。スマホを寝る直前まで見たりしていると眠りが浅くなるのでやめましょう。
運動をして血流を促し、酸素を体中に巡らせることが大切です。また、運動をすると成長ホルモンが放出され、睡眠の質も高まります。筋トレ(レジスタンス運動)と、ジョギングやウォーキングなど有酸素運動の組み合わせがおすすめです。
ストレスは、不眠や食欲減退などの悪影響につながります。髪が薄くなることでストレスが増しているようなら、一人で悩まずに皮膚科専門医に相談したり、ストレスが強い時は心療内科や精神科などの治療を適切に受けたりすることも大切です。
たばこに含まれるニコチンは血管を収縮させる作用があり、血行が悪くなります。また活性酸素を生み出して体を老化させてしまいます。
頭皮の血流が悪くなると髪が抜けやすくなります。また、毛根全体にまで栄養分が十分に届きにくくなり、発毛や髪の成長にも影響します。頭皮を動かすと血流がよくなり、細胞の活動が高まることが分かっています。頭皮マッサージを毎日の習慣にして、血行をアップさせましょう。シャンプー時に行うようにすれば、習慣づけしやすいでしょう。
血流を促すのに効果的な、頭部の太い動脈(側頭動脈・後頭動脈)に沿ってもみほぐすマッサージを紹介します。
<頭皮マッサージ>
①こめかみより少し上から、手のひらを使ってぐるぐると回しながら頭頂部までほぐしていく。
②「ぼんのくぼ」の生え際から頭頂部に向かって、指の腹を使ってもみほぐしていく。
頭皮のべたつきも乾燥もトラブルの原因になります。自分に合ったシャンプーや洗い方で、頭皮環境を整えましょう。
男性と比べて頭皮が薄く皮脂が少ない女性は、ゴシゴシと力を入れて洗わないことが大切です。洗浄力が強過ぎるシャンプーも避けましょう。特に、頭皮の皮脂が減ってくる更年期以降の女性の場合、頭皮が乾燥しやすい冬は、かゆみやべたつきがなければシャンプーは1日おきくらいでも大丈夫です。
また、洗った後は自然乾燥だと常在菌や雑菌が繁殖して炎症が起きやすくなるので、ドライヤーで髪の根元をしっかり乾かしましょう。濡れたまま髪を束ねるのもNGです。
女性の薄毛や抜け毛の原因は多岐にわたり、その裏には内臓の病気が隠れていることもあります。安易に自己判断をせず、まずは病気の鑑別ができる皮膚科専門医を受診、またはFAGA(FPHL)を疑って市販薬を使いたい場合は、必ず薬剤師に相談して原因を確認しましょう。