夜になると咳が出てよく眠れないということはありませんか?
大正製薬の調査(※)では、生活者の約半数がこの1年間で咳の症状に悩んだという結果が出ており、中でも夜眠る前や眠っている時、朝起きてすぐの咳がつらいとの声が多くありました。質のよい睡眠を確保するために、夜に咳が出やすくなる原因やその予防・対処法、咳を楽にするコツをご紹介します。
※大正製薬株式会社「咳で悩む生活者が増加!なかでも、約6割の方が最も辛いと回答したタイミングとは?」より
国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授。医学博士。1971年昭和大学医学部卒業後、同大学医学部第一内科学入局。山梨赤十字病院内科部長を経て、80年昭和大学医学部第一内科専任講師、その後同助教授、同主任教授に。89年ロンドン大学Royal Postgraduate Medical School 臨床薬理学教室に留学。日本大学医学部呼吸器内科学客員教授を経て、現職。
国の規制が緩和されたことで、人と会って話をしたり食事をしたりする機会が増え、さらに、それまで徹底されていたマスクや手洗いなどの感染症対策への意識も緩みました。その結果、かぜやインフルエンザに罹患する人が増え、インフルエンザの流行は1年以上続き、新型コロナウイルス感染症は冬だけでなく夏も流行しました。最近ではマイコプラズマによる肺炎(※)が子供だけでなく大人にも流行しています。
呼吸器感染症は罹患後も咳が長く残ってしまうことが多く、しかも持病のある人は、これらの感染症にかかると症状が悪化しやすい傾向にあります。このようなことが、咳に悩まされる人が増えた理由として考えられます。新型コロナウイルス感染症の後遺症として長引く咳のメカニズムは明らかになっていませんが、気道の内側にある細胞などに炎症や細胞の損傷などがあり、咳ぜんそく(喘息)に近い症状が出ている可能性があります。
(※)マイコプラズマ肺炎については疾患ナビ「マイコプラズマ肺炎」もご覧ください。
咳は、異物や刺激物が気道に入った時に体の外に排出しようとして自動的に起こる、生体防御反応です。ウイルスやアレルゲン、胃液など何らかの物質が気道に入り、のどや気管の粘膜を刺激することで、脳にある咳中枢に情報が伝達されて咳を起こします。咳が出るとつらい思いをしますが、種々の異物、アレルゲンやウイルスなどから体を守るために、なくてはならない大切な体の働きの1つです。
この咳のメカニズムに大きく影響するのが温度や気圧の変化で、気道が過敏になっていたり咳反射が高まっていたりすると、気道に刺激が与えられて咳が誘発されることがあります。「台風の時に咳が出る、ぜんそく喘息の症状がひどくなる」という声を多く聞くのもそのためで、特に咳ぜんそくをもっている人は、これらの変化に対して反応が起こりやすくなります。
<咳には2つのタイプがあります>
咳には湿った咳と乾いた咳があり、そのタイプによって原因が異なります。
●湿った咳(湿性咳嗽:しっせいがいそう)
炎症によって分泌された痰や鼻水などを、体の外に出そうとして起こり、慢性的に痰が出る。
【湿った咳の原因となる病気】
気管支炎や後鼻漏など上下気道や肺の病気、結核などの感染症。
●乾いた咳(乾性咳嗽:かんせいがいそう)
肺や気道に炎症や過敏反応が起こることで発生する。また辛いものを食べた時や、刺激物を吸い込んだ時の防御反応も乾いた咳の一種。他には、気管支炎が長引いていることや、アトピー咳嗽(がいそう)、咳ぜんそくや胃食道逆流なども考えられる。
【乾いた咳の原因となるその他の病気】
かぜ、間質性肺炎や肺がんなど。
<夜に咳が出やすくなる理由>
●自律神経の働き
通常、呼吸や体温、血圧は自律神経によって無意識に調整されています。自律神経には、活動時に活発になる「交感神経」と、リラックスをしている時に働く「副交感神経」があります。夜になると、体を休めるために「副交感神経」が優位になって筋肉が緩みます。その他、ホルモンや交感神経に作用する神経伝達物質のカテコールアミンなどが減少しその影響で気道が狭くなり、アレルゲンや様々な刺激に対して慢性的に過敏になり咳が出やすくなるのです。
●気温や湿度の変化
夜から朝方にかけて気温が下がると、冷たい空気が気道を刺激します。また、口を開けて寝ていると、口やのどが乾燥し、咳を誘発します。
●異物が気道に侵入しやすい
仰向けで寝ると、鼻水や痰がのどに流れやすくなります。また布団のほこりやダニの死骸など、アレルギーを引き起こす物質を吸い込みやすくなり、咳が出やすくなります。
<夜の咳、こんな季節は要注意!>
夜の咳を発症しやすいのは、咳の原因となるアレルギー物質が発生しやすい季節です。例えば花粉が飛ぶ春や秋、ダニの死骸が舞う秋、そして空気が乾燥する秋から冬にかけては、気道に刺激を受けやすくなるので、より注意が必要です。また咳ぜんそくを患っている人は、季節に関係なくアレルゲンや様々な刺激に対して慢性的に過敏になるため、夜も咳が出やすくなります。ここ数年猛暑が続いているので、エアコンをつけっぱなしで就寝することも多いと思いますが、エアコンの風や冷気は気道を刺激するため、咳が出やすくなります。特に咳ぜんそくの人は、部屋の温度や湿度の様子を見ながら適切に使用しましょう。
夜の咳を予防するには、原因となる急な温度変化による冷えや、のどの乾燥を防ぐことが大切です。夜の咳の予防や、咳症状を緩和させるのに有効な方法を幾つかご紹介します。
<夜の咳の予防と対処法>
●のどを潤す
柔らかい素材のマスクをしたり、温かい飲み物や飴を口に含んだりするとよい。
●気管を通る空気を温める
ネックウォーマーやタオルを首に巻くと、気管が温まり、その中を通る空気も温まるので冷気による刺激を抑えられる。
●鼻水や痰がのどに流れるのを防ぐ
横を向いたり上体を起こしたりして寝るとよい。
●寝る前にうがいをする
のどに潤いを与え、のどについたアレルギー物質などを洗い流す。
●部屋の乾燥を防ぐ
加湿器などを使うとよい。
●朝の室温低下を防ぐ
エアコンを活用するとよい。ただし、咳ぜんそくがある人はエアコンの使用には注意が必要。
●寝具や寝室から花粉、ダニの死骸などを取り除く
洗濯や掃除をこまめに行ったり、空気清浄機を使ったりするとよい。
●薬剤師や登録販売者に相談の上、薬を服用する
鎮咳薬(ちんがいやく)や、痰を出しやすくする薬などがある。
鎮咳薬を服用したりセルフケアを試したりしても、3週間以上咳が続く場合や発熱、黄色や緑色の痰が出る場合は、感染症の可能性があるので、早めにかかりつけ医や内科医に相談をしましょう。また鎮咳薬で咳を止めるのも一時的な対応としては有効ですが、ぜんそくなどの疾患がある場合は効かないこともあります。まずはその疾患を治療しましょう。
咳が出始めた時やのどがイガイガするという時に、まずは一般的に知られる民間療法などを試す人もいるでしょう。昔から続けられている民間療法には一定の効果が期待できるものもありますが、中には、かえってのどに悪影響を与えるNGの方法もあるので注意しましょう。
<咳を鎮める民間療法のOK・NGをチェック!>
●はちみつをなめる
のどを潤すという点で有効ですが、1歳未満の赤ちゃんは乳児ボツリヌス症にかかることがあるためNGです。
●れんこんや大根のしぼり汁を飲む
れんこんや大根に含まれる成分がのどをいたわるとされます。のどの刺激にならなければOKです。
●スープを飲む
のどを温めるため有効です。
●切った生玉ねぎを枕元に置いたりマスクに挟んだりする
玉ねぎに含まれる成分には鼻づまりを改善する効果がありますが、刺激となって咳を誘発する場合があるのでNGです。
●のどに効くツボを押す
正しいツボの位置を把握し、自分で押すことができる場合は、一時的な効果は得られると考えられます。
医療機関を受診する目安となるのは、咳が続く期間です。3週間以上続く咳にはかぜ以外の病気の可能性があります。前述の予防方法やセルフケアを試しても咳が止まらない、咳のために眠れない、咳以外に熱、血痰や色のついた痰、呼吸困難、喘鳴(ぜんめい)などがある場合は、かかりつけ医、もしくは呼吸器内科やアレルギー内科を早めに受診しましょう。咳の症状が出る疾患としては、空咳が1カ月以上続く「咳ぜんそく」や、そこから移行する「ぜんそく(気管支ぜんそく)」などがあります。他には、アトピー咳嗽、たばこの煙などの有害物質が原因で肺が炎症を起こす慢性閉塞性肺疾患(COPD)、かぜの後に咳だけが残る感染後咳嗽、さらには結核やがん、結核菌以外の抗酸菌が肺に感染して起こる非結核性抗酸菌症などの可能性も考えられます。
病気か病気でないか、どんな病気かで対処も変わりますので、病院で適切な診断・治療を受けることが大切です。咳の症状が気になったら「きっとただのかぜだ」などと軽く思わず、症状が続く場合は早めに受診して、毎日をストレスなく安心して過ごしていきましょう。