マイコプラズマ肺炎とは、「肺炎マイコプラズマ」という微生物に感染して起きる肺炎のことです。肺炎というと高齢者の病気というイメージがあるかもしれませんが、マイコプラズマ肺炎は患者全体に占める14歳以下の割合が多く、幼児から学童期、また青年期など、意外にも若くて健康な人もかかります。1年中見られる感染症ですが、晩秋から冬に患者数が増えます。
マイコプラズマ肺炎の症状はしつこい咳が特徴です。まず、発熱や倦怠感、頭痛、のどの痛みなど、かぜに似た症状が出て、それらの諸症状が治まった頃に、乾いた咳が長く続きます。咳が1週間以上続く場合は、放置せずに受診し、咳の原因を突き止めることが大切です。
多くの人は肺炎に至る前の気管支炎で回復しますが、一部の人は、より重症である肺炎を起こすことがあります。肺炎を起こした人の中には、その後に肺機能の低下を来すこともあるため、早めに適切な治療を受けるようにしてください。マイコプラズマ肺炎と診断されると、抗菌薬が処方されますので、最後までのみ切りましょう。
千葉大学医学部卒業。医学博士。千葉大学医学部臨床教授。公認心理師。千葉大学医学部関連病院勤務を経て、1998年千葉大学医学研究院小児病態学教官。2005年外房こどもクリニック開業(千葉県いすみ市)を経て、08年医療法人社団嗣業の会理事長、23年より「図書室のなかのクリニック」をコンセプトにした、こどもとおとなのクリニック パウルームを東京都港区に開業。日本小児科学会専門医・指導医。日本感染症学会専門医・指導医・評議員。日本遠隔医療学会理事。著書に『駆け抜けた17年』(幻冬舎)、『プライマリケアで診る小児感染症 7講』(中外医学社)、共著『最新感染症ガイド R-Book 2018-2021』(日本小児医事出版社)ほか多数。
マイコプラズマ肺炎の原因は、「肺炎マイコプラズマ」という微生物です。この微生物はウイルスと細菌の中間のような性格をもっており、生物学的には細菌に分類されています。
発症の原因は、この微生物が強い毒素を出すからというわけではなく、私たちの体に備わった免疫システムが肺炎マイコプラズマを排除しようとして、咳などの防御反応(免疫応答)を生じさせることで起こります。そのため、免疫システムがまだ整っていない乳児が発症に至ることは少なく、免疫応答が強くなっていく幼児期、学童期、青年期を中心に、比較的若くて健康な人(免疫力が高い人)の発症が多く見られる肺炎です。
肺炎マイコプラズマが気管支に感染するのが「マイコプラズマ気管支炎」、肺胞(はいほう:気管支の先端にある小さな袋で、酸素と二酸化炭素を交換する役割をもつ)に感染して起きるのが「マイコプラズマ肺炎」と呼ばれ、マイコプラズマ肺炎のほうが重症といえます。
マイコプラズマ肺炎の主な感染経路は「飛沫感染」と「接触感染」です。感染力はそれほど強くなく、学校や地域で感染が拡大する速度は遅いのですが、長時間一緒に過ごす友人との間で感染したり、家庭内感染をしたりするなど、濃厚接触による感染が見られます。
●飛沫感染
発症者の唾や咳などに含まれた微生物を吸い込むことで感染します。
●接触感染
発症者の唾などの体液に触れたり、体液が付着したタオルやドアノブなどの物に触れたりして、その手で自分の口や鼻、目を触ることで感染します。
マイコプラズマ肺炎の潜伏期間は2~3週間と長く、ゆっくりと進行します。潜伏期間を経た後、まずは微熱程度の発熱、倦怠感、頭痛、のどの痛みなど、かぜに似た症状が現れます。幼児では、初期に鼻水、鼻づまりが出ることもあります。ただし症状が軽いケースでは発熱がない場合もあるなど、これら全ての症状が出るとは限りません。
数日で初期症状が落ち着くのと入れ替わるようにして、3~5日ほど経ってから咳が出始めることが多いのが特徴です。たんの絡まない乾いた咳が徐々に強くなり、解熱後も長く続きます。特に夜中から明け方にかけて激しく咳込むことがあり、寝苦しく感じる時もあるでしょう。途中からだんだん湿った咳に変わっていく場合もあります。
なお、マイコプラズマ肺炎の初期症状を、かぜと見分けるのは難しいものです。しかし、咳が1週間以上続くようなら、迷わず受診して医師に相談しましょう。一部の人は重症化することもありますし、マイコプラズマ肺炎を起こすと、その後の肺機能が低下することもあるため、長引く咳は放っておかずに治療を受けることが大切です。
マイコプラズマ肺炎にかかると、中耳炎を合併することがあります。中耳炎はかぜでも起こりますが、中耳炎に加えて咳が長引いている場合は、マイコプラズマ肺炎が疑われます。
また、まれにではありますが、無菌性髄膜炎、脳炎、肝炎、膵炎、溶血性貧血、心筋炎、関節炎、ギラン・バレー症候群、スティーブンス・ジョンソン症候群など、重篤な合併症を引き起こすこともあります。
マイコプラズマ肺炎の検査には、胸部聴診、血液検査、レントゲン、遺伝子・抗原検査、核酸検出法などが用いられます(病院の方針や設備によって異なります)。現在では、マイコプラズマ肺炎の迅速な確定診断法として、咽頭あるいは鼻咽頭ぬぐい液を使った遺伝子・抗原検査や、核酸検出法が用いられることが多くなっています。
マイコプラズマ肺炎と診断されたら、抗菌薬で治療していきます。肺炎マイコプラズマという微生物は構造が特殊なため、効果があるのは一部の抗菌薬(マクロライド系など)に限られています。服薬期間はおおむね1週間程度ですが、確実に除去するために、抗菌薬が処方されたら医師の指示に従って最後までのみ切ることが大切です。
また、マクロライド系などの抗菌薬が効かない耐性菌もいるため、症状が改善しない場合は別の抗菌薬を用いることもあります。さらに、呼吸困難が起きるほどに症状が強い場合は、入院してステロイド薬や酸素を投与するケースもあります。
自宅では水分をたっぷり摂り、ゼリー飲料など、咳の症状がつらくても食べられるものを食べ、安静に過ごします。たんが出たら、積極的に吐き出すようにしてください。
また、夜中や明け方に咳が強まることも多いですが、咳がつらくて寝苦しい時には、仰向けだと息が苦しくなるため、うつぶせで寝ると比較的楽になります。また、乾燥した空気を吸うと症状が悪化することがあるため、マスクを着用し、潤った空気を吸うようにしましょう。
マイコプラズマ肺炎は、学校保健安全法では第三種の感染症に分類され、「症状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで出席停止」となっており、明確な出席停止期間はありません。熱が下がって激しい咳が治まり、医師の診断を受けて許可が出たら登園・登校しましょう。大人の場合の出社の目安も、同様に考えるとよいでしょう。
マイコプラズマ肺炎の感染力はそれほど強くないとはいえ、濃厚接触者となる家族は感染しやすいものです。家の中では以下のポイントに注意し、家庭内での飛沫感染と接触感染を防ぎましょう。
●家庭内感染を防ぐポイント
・感染者、家族共にマスクをする。
・感染者の看護をする人は1人に決め、熱が下がるまで、感染者はなるべく別の部屋で過ごし、食事も別にする。
・感染者のお世話をする前後に、石けんと流水で手を洗い、うがいをする。
・感染者とタオルを共有しない。
マイコプラズマ肺炎は、抗菌薬の服用で治癒する病気です。初期症状はかぜと判断がつきにくいですが、かぜに似た他の症状が治まっても、咳が1週間以上続く場合は、必ず病院を受診するようにしましょう。重症化すると肺機能の低下にもつながるので、咳はありふれた症状だからといって、放っておかないことが大切です。また、抗菌薬が処方されたら、医師の指示に従ってのみ切りましょう。