最近、「腸活」という言葉をメディアや店頭などでよく見かけませんか? 一般的に腸活とは、心身共に健康な状態を維持するために腸内環境を整えようという考え方や、その方法や生活習慣のことをいいます。腸活と呼ばれるものには様々なアプローチがありますが、いずれも目的は「腸内環境を整えること」です。腸内環境を整える上で知っておきたい「腸内細菌」や「腸内フローラ」とは何か、そして腸内環境を整えることでどのようなメリットがあるのかについて、詳しくお伝えします。
1958年東京都生まれ。1991年千葉大学大学院医学研究科修了、医学博士。千葉大学医学部助手、同助教授、金沢大学がん研究所教授、理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターチームリーダーを歴任。2013年理化学研究所統合生命医科学研究センターグループディレクター、横浜市立大学客員教授、千葉大学客員教授。専門は腸管免疫学。
なお学術的には、「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」と呼ばれます。
腸内フローラの主な働きには以下のものがあります。
・腸内の免疫細胞を活性化させ、病原体などから体を守る
・消化できない食べ物を、体によい物質など様々な物につくり変える
腸内フローラを形成する腸内細菌は、「善玉菌」、「日和見菌」、「悪玉菌」に分類され、そのバランスによって、腸内環境の良しあしが決まるといわれています。このバランスは、人によって異なり、また日々の食事や生活習慣によっても変化していきます。
ただし、善玉菌といっても必ずしもよい働きをするだけでもなければ、悪玉菌が悪いことばかり起こすわけではありません。腸内細菌の種類や性質はまだ解明されていないことが多く、世界中で研究が進められています。善玉や悪玉といった名前に、過剰に惑わされないようにしましょう。
腸内環境を整え、健康な状態に維持するためには、そのバランスが変化するきっかけや条件を知っておくとよいでしょう。
●食事
腸内フローラは食生活の変化に敏感で、体内に入ってくるものに応じて日々変化し、食事の内容を変えてからわずか24時間で変化が見られることもあります。特にラードなど高脂肪のものを多く摂取すると、腸内環境が変わりやすくなります。だからこそ、毎日3食、規則正しくバランスのよい食事を心がけることで、腸内フローラの状態を改善することも可能なのです。
●加齢
年齢と共に腸内環境は変化し、腸の粘膜にできた傷の修復を早める働きをもつ酢酸が減る上に、IgA(様々な病原体から体を守る抗体の一種)も減少します。さらに大腸菌が増えることで慢性炎症が起きやすくなり、様々な病気に罹患しやすくなります。
●服薬
薬に含まれる抗生物質が、腸内の善玉菌を減らす場合もあります。ただし、通常は数週間程度で服薬前の状態に戻ります。
●ストレス・不摂生・疲労
ストレスを感じると下痢気味になったり、緊張するとトイレに行きたくなったりする人がいます。実は、腸の働きと自律神経、そして脳は、互いに影響し合う密接な関係にあります。
過度なストレスや生活の乱れ、疲労の蓄積などによって自律神経のバランスが崩れると、大腸のぜん動運動(腸が収縮・弛緩して内容物を送り出す動き)が停滞したり消化液の分泌が減ったりするなど、腸の働きも低下します。すると、腸内フローラのバランスが崩れて腸内に病原菌が増えたり、腸内細菌のバリエーションが減少して腸のバリア機能が弱まったりし、いろいろな不調や病気が生じるようになるのです。また、腸の働きが低下したという情報を脳がキャッチすることで、さらなるストレスがかかることもあります。
<報告されている事例>
事例① お母さんから赤ちゃんへ
赤ちゃんは、母親のお腹の中にいる時は無菌の状態ですが、生まれる際に産道で母親の菌に触れて出てきます。そのため、赤ちゃんは母親と共通の腸内細菌をもつようになります。母乳やミルクで育つ期間を経て、離乳食から徐々に固形物を口にするようになると、そのバランスは変化し、幼児から学童くらいで腸内フローラのバランスが安定します。
事例② 入浴
子どもと両親が一緒のお風呂に入る家族のほうが、別々に入浴する家族よりも共通の腸内細菌が多いという報告があります。
事例③ 共同生活
寮生活で同じ部屋に暮らすようになったことで、ドアノブなどの共有物を介して菌がうつり、ルームメイト同士の腸内環境が似てきたという報告があります。
感染症に罹患する人は世界中で増加傾向にあり、特に家畜の飼育に対する抗生物質の乱用に伴う環境汚染による多剤耐性菌(たざいたいせいきん)の増加が社会的問題となってきており、2050年には、死因の1位ががんを抜いて感染症になるといわれています。多くの感染症は、抗菌薬(抗生物質)によって菌は死滅し、症状も回復していきます。しかし、多くの抗菌薬に耐性をもつ多剤耐性菌に感染してしまうと、抗菌薬が効かず、治療が困難になることがあります。さらに、多剤耐性菌をもった人が抗菌薬による治療を受けると、体内の常在菌が減少する上に多剤耐性菌が増えてしまいます。体の免疫力が低下した状態では、菌を簡単に排除することができず、様々な感染症に罹患する可能性が高くなってしまうのです。
多剤耐性菌には腸内細菌に属するものもあり、ドアノブや電車のつり革などを介して感染しますが、まれにしか存在せず、私達が日常生活を送る中で感染する可能性は少ないといえるでしょう。万が一多剤耐性菌が体内に入ったとしても、ほとんどの人は何の症状も現れず、菌もやがて体からいなくなってしまうと考えられています。
多剤耐性菌に感染してその影響が出るのは、菌が増えやすい状態でかつ体の抵抗力が低下しているなど、幾つかの条件を満たした場合です。バランスのとれた食事や十分な休息、適度な運動によって、体調管理を行うことでリスクを回避しましょう。
腸内細菌は、腸内に定着し分裂を繰り返す細菌がある一方、ビフィズス菌や乳酸菌など、食品から摂取できる細菌の多くは、腸内フローラに定着させることができず、2、3日で腸からいなくなってしまいます。そのため、善玉菌を含む食品や、それらのエサとなる水溶性食物繊維などを毎日継続して摂取することで、腸内フローラを良好に保つことが重要です。
●善玉菌を含む「プロバイオティクス」
ビフィズス菌や乳酸菌など生きた善玉菌そのもの、または死んだ善玉菌が体内に数日間滞在することで腸内環境を整える作用をもつもののこと。主に発酵食品で摂取できますが、ビフィズス菌は通常の食品には存在できないため、「ビフィズス菌入り」と書かれた食品を選ぶ必要があります。
おすすめの食品:ヨーグルト、チーズ、納豆、みそ、ぬか漬け、キムチ、塩麹など
腸活におすすめのレシピは下記の動画でもご紹介しています。
動画で学ぶセルフケア:腸活ライフ レシピ編 「医師が教える腸活レシピ」
プロバイオティクスとプレバイオティクスの双方を摂取することを「シンバイオティクス」といい、シンバイオティクスを意識した食生活を続けると、腸内の善玉菌が、体によい働きをする代謝産物を継続してつくるようになります。このようにもともと腸内にすんでいる細菌そのものではなく、腸内細菌が生み出す代謝産物を「ポストバイオティクス」といいます。最近の研究でこの腸内細菌代謝産物が、私たちの体に様々なよい効果をもたらすことが分かり、注目を浴びてきています。最近よく聞く「短鎖脂肪酸」が、まさにポストバイオティクスの代名詞と言えるでしょう。
短鎖脂肪酸には幾つかの種類があり、主なものに酢酸、酪酸、プロピオン酸があります。
●酢酸
脂肪細胞に過剰なエネルギーが取り込まれるのをブロックし、脂肪の蓄積を抑制し、肥満を予防します。またIgAの働きを助け、大腸に病原体が侵入するのを防ぎ、免疫システムをパワーアップしてくれます。
●酪酸
活動している時に働く自律神経である「交感神経」に作用します。交感神経のセンサーは血中の酪酸を感知すると心拍数や体温を上昇させ、エネルギー消費を高めます。
●プロピオン酸
肝臓で代謝され、血液中のコレステロールを減らす働きがあるといわれます。アレルギー疾患などの腸管外の疾患や免疫への関与も指摘されています。
ポストバイオティクス(短鎖脂肪酸)は、まだまだ研究中の分野ですが、上記の働きにより、糖尿病などの生活習慣病の予防も期待されています。
腸内フローラは、食事や生活習慣で日々変化します。だからこそ、日々のちょっとした心がけで健康な状態に維持していくことも可能です。ポイントとなるのは、腸の働きと密接な関係にある自律神経です。自律神経には、昼間や緊張・ストレスを感じた時に働く「交感神経」と、夜間や睡眠中、リラックスした時に働く「副交感神経」があります。この2つが交互に活発になることで、心身のバランスを保つ働きをしながら、腸内環境のバランスも保っています。腸内環境と密接な関係にある自律神経が整う習慣をご紹介します。
●質のよい睡眠をとる
自律神経の中でも、腸の働きを活発にする副交感神経。この副交感神経が活発になるためには、質のよい睡眠をとることが重要です。睡眠時間はたっぷり、そして就寝前はリラックスを心がけましょう。
●疲労やストレスをためない
疲労やストレスによって、交感神経が活発になると腸のぜん動運動が抑制され、腸が正常に機能できず不調が起こりやすくなります。疲労やストレスをためないように、十分な休息をとり、自分なりにリフレッシュ・リラックスできる方法を見つけるようにしましょう。
●適度な運動を心がける
疲労などにより交感神経が活発になっている時に負荷がかかり過ぎない適度な運動を行うと、副交感神経の働きが活発になり、自律神経を整えるのに役立ちます。また、運動不足は、小腸で増え過ぎた細菌を殺菌する働きのある胆汁の流れを阻害します。日頃からこまめに体を動かすようにするとよいでしょう。
腸活で大切なのは、継続することです。腸活は、全てを取り入れなければいけないというわけではありませんので、自分にとって取り入れやすいものを選びながら、無理をせずに習慣化していきましょう。
腸活によいとされる発酵食品や食物繊維の多い食品を摂取することで、お腹の調子が悪くなる人もいます。そのような人は、小腸内で細菌が急激に増殖してしまう「小腸内細菌増殖症(SIBO・シーボ)」という病気の可能性があります。過敏性腸症候群の患者にはSIBOにも罹患している人が多いといわれています。SIBOや過敏性腸症候群に罹患している方は、小腸で吸収しにくいFODMAP(※)と呼ばれる糖質を含む食品の摂取をできるだけ控えることが必要です。
※Fermentable(発酵性)、Oligosaccharides(オリゴ糖)、Disaccharides(二糖類)、Monosaccharides(単糖類)、Polyols(ポリオール)の頭文字から付けられ、腸で分解・吸収されにくい糖類(短鎖炭水化物)の総称。
腸内環境を健康な状態にしていくには、普段の生活習慣を見直していくことが一番の近道です。バランスのよい食事と十分な睡眠、そして適度な運動などを取り入れた規則正しい生活をしていれば、免疫力が著しく低下するということはまずありません。逆に、腸活の理想を追い求め過ぎて、「こうあるべき」「こうしなくちゃ」と腸内環境を気にしすぎてしまうことがストレスになり、結果的に免疫力を下げて腸内環境に悪影響を与えてしまう場合もあります。腸活は治療ではなく、あくまで予防法の1つ。それだけで病気が治るというものではなく、現在も様々な研究が進められている途中で、明らかになっていない部分も多くあります。効果を過信せず、お腹の調子が悪かったり、体調不良があったりする場合は、迷わず近くの医療機関へ相談しましょう。