百日咳とは、百日咳菌という細菌が呼吸器に付着することで発症する感染症で、非常に感染しやすく、感染すると激しい咳発作を起こします。生後3カ月から百日咳ワクチンを接種できますが、ワクチンの効果は一生続くわけではありません。また、子どもは重症化しやすく、大人は気づかぬうちに自然と治まってしまう場合もあり、大人から子どもへの感染が問題となっています。ここでは、百日咳の経過と症状、大人と子どもの症状の違い、治療法、予防法についてご紹介します。
※この記事は2012年6月のものです。
1981年九州大学医学部卒業。同年、同仁会耳原総合病院内科研修、84年東北大学第一内科、85年同仁会耳原総合病院呼吸器科、90年国立病院機構福岡病院(旧国立療養所南福岡病院)を経て、94年米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校留学。国立病院機構福岡病院呼吸器科医長、部長を経て、2020年より現職。日本内科学界専門医、日本呼吸器学会指導医、日本アレルギー学会指導医。
咳には痰を伴う咳と、痰を伴わない咳があります。痰はウイルスや細菌などの病原体や、ほこりなどの異物を排出する役割を持ち、健康な時でも毎日約100cc出ています。普段は知らずに飲み込んでいますが、かぜや気管支炎にかかると痰の量が増え、異物を外に吐き出すために咳が出ます。
百日咳とは、百日咳菌という細菌による呼吸器の感染症です。百日咳菌が気道に付着すると百日咳毒素をつくりだし、激しい咳発作を起こします。百日咳菌は非常に感染しやすい細菌で、くしゃみや咳をした時に飛び散る飛沫や、患者との接触で広がります。
子どもは母親から百日咳の抗体を受け継いでいません。そのため、ワクチン未接種の乳幼児が百日咳にかかると激しい咳による呼吸困難や二次感染による肺炎の併発など、症状が重くなる確率が高くなります。まれに一時的な呼吸停止(無呼吸)によって死に至ることや脳への感染によって脳炎を起こし、脳の損傷や、知能の発達に遅れが見られる精神遅滞などの重大な障害を引き起こす危険性もあります。
1990年代に、百日咳のワクチンを含む三種混合ワクチンが生後3カ月から接種できるようになり、子どもの百日咳は減少しました。しかし、ワクチンを接種してもその効果は一生ではないため、大人になってから百日咳に感染するケースが目立ち始めています。百日咳は、子どもだけでなく、誰もが感染の可能性があることを知っておきましょう。
百日咳菌に感染すると、通常7日間ほどの潜伏期間を経て、次のような経過で症状が現れます。なお、大人は子どもよりも症状が軽く治まる傾向にあります。
●カタル期(約2週間)
鼻水や咳など、軽いかぜのような症状が現れ、次第に咳の回数が増える。カタル期の初期が最も感染力が強い。
●痙咳期(2~3週間)
短く激しいコンコンコンという咳が連続して起こった後、ヒューという音を伴いながら苦しそうに息を吸う咳発作を繰り返す。
痙咳期に起こる咳発作には、次のような特徴が見られます。
2~3週間かけて咳発作は次第に治まります(回復期)。冷たい空気に触れた時などに咳発作が起こる場合もあります。咳発作が治まるにつれて菌は排出されますが、百日咳の毒素はしばらく体内に残るため、治療しなければ咳が治まるには通常2~3カ月かかるといわれています。
百日咳ワクチンの予防効果は、3~5年で徐々に弱まり、10~12年後には完全に消滅します。そのため子どもの頃に接種したワクチンの効果が消滅した時期に、百日咳に感染する大人の患者が増えています。2010年では、20歳以上の感染者数が全体の50パーセントを上回っています。しかし、大人では激しい咳発作が見られないのが特徴。そのため、大人が感染しても単なる咳として放置されやすく、重症化しやすい子どもへと感染を広げてしまうことが問題となっています。
ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオを予防するワクチンで、予防接種法により受けることがすすめられています。接種は全4回。生後3~12カ月の間に3回接種した後、初回接種から6カ月以上後に4回目の接種をします。4回の接種が完了しないと予防効果は期待できません。生後3カ月を過ぎたら、できるだけ早く予防接種を開始しましょう
百日咳は、感染している百日咳菌を死滅させない限り菌が体内に存在し続け、咳が続くだけでなく、周囲の大人や子どもへの感染を広めてしまいます。
百日咳の治療では、一般的に抗生物質を服用して菌を死滅させます。服用開始から5~7日で百日咳菌の感染力はなくなりますが、菌が死滅するまでは約2週間の継続服用が必要です。咳が出なくなったからと自己判断で服用をやめず、医師の指示に従いましょう。
また咳が出始めてから3週間ほど経つと(痙咳期)、抗生物質が効かなくなってしまいます。発熱のない原因不明の咳が続いたら、早めに受診することが大切です。
服薬以外には、痰を出しやすくするために水分をしっかり補給することや、咳により体力を消耗するため、十分な休養と栄養を摂ることも重要です。
乳児が重症化して呼吸困難を起こした場合は、入院が必要になります。気管チューブ挿入による機械呼吸や、酸素の補給や点滴を行う場合もあります。
妊娠中の抗生物質による治療については、妊娠期間や経過などによって、有益性が危険性を上回ると判断された場合にのみ処方されます。ワクチン接種は妊娠中でも可能ですので、子どもの頃に受けていない人は、早めに産婦人科医に相談しましょう。
大人の百日咳の特徴は、子どもの百日咳に見られる呼吸困難を伴う咳発作がないことです。また、症状の重さや咳が続く期間などにも個人差があります。例えば、強い咳が続いて肋骨を骨折する場合がある一方で、咳の症状が軽く自然と治まる場合もあります。
しかし、咳の症状がどんなに軽くても、百日咳は発症から約2週間のカタル期が最も感染力が強いことに変わりはありません。そのため、単なる咳として放置したり、受診が遅れると、家庭内に広がったり、周囲の子どもへの感染の危険性を高めてしまうことになるのです。
熱を伴わない原因不明の咳が2週間以上続く大人の約2割に、百日咳の疑いがあることも分かっています。咳が長引き、次のような場合は決して放置せず、百日咳を疑い、できるだけ早めに受診しましょう。
10カ月の男の子が夜間の咳き込みで受診し、百日咳と診断されました。問診により2週間前から父親が咳をしていたことが分かり、父親が子どもへの感染源であることが判明しました。2週間後、母親が軽い咳をし始め自然に治りましたが、百日咳と診断されました。両親には子どもに見られるような激しい咳発作はなく、子どもの発症がなければ百日咳の診断は難しかったといえます。大人から子どもへの感染を防ぐためにも、咳が長引いたら早めの受診が肝心です。
予防策として最もすすめられるのは、予防接種です。まずは自身の予防接種状況を確認しましょう。未接種の場合は、受診し医師に相談してください。
アメリカでは大人の百日咳の予防として、2006年より、11~13歳を対象とした百日咳ワクチンの追加接種が推奨され始めました。日本ではまだ大人の追加ワクチン接種は行われていませんが、現在、安全性や効果についての研究が進められています。
百日咳の飛沫・接触感染を防ぐためにも、かぜ予防と同様に、手洗い・うがいの他、マスクの着用を心がけましょう。