単純ヘルペスウイルスによる感染症「ヘルペス」は、ウイルスの種類によって体のさまざまな部位に発症します。中でも最も患者数が多いのが、唇や口の周りに水ぶくれができる口唇ヘルペス。一度感染すると免疫力が弱まったときに再発を繰り返すことが多いので、症状のサインに気づいて早めにケアすること、他人の感染を予防することが大切です。
※この記事は2013年12月のものです。
1973年、東京女子医科大学卒業後、東京慈恵会医科大学大学院皮膚科学教授、共立薬科大学大学院非常勤講師(兼任)などを経て現職。日本臨床皮膚科学会名誉会員、日本性感染症学会名誉会員、日本皮膚科学会功労会員。
ヘルペス(疱疹)とは「皮膚や粘膜に小さな水ぶくれ(小水疱)が集まった状態」のこと。一般にヘルペスウイルスによる感染症をヘルペスといいます。ヘルペスがほかのウイルス性の病気と大きく異なるのは、一度感染すると症状がなくなった後もウイルスが体の中にウイルスの形でじっと潜み、生き延びている点です。そして、抵抗力が低下すると潜伏していたウイルスが活性化して増殖し、再発を繰り返します。
ヘルペスウイルスには8種類あり、そのうち、口唇ヘルペスの原因となるのは単純ヘルペスウイルス1型です。単純ヘルペスウイルスには2型もあり、それぞれの特徴は以下の通りです。
●1型
ウイルスが顔の三叉神経節に潜むため、おもに顔や上半身、とくに顔や口唇に症状が現れる。ほかに角膜炎や歯肉口内炎、咽頭炎、ヘルペス脳炎なども起こる。
●2型
ウイルスが腰の部分の腰・仙骨神経節に潜むため、下半身に発症。おもに性器ヘルペスが起こる。
単純ヘルペスウイルスに初めて感染したときは、体のどこにでも症状が出ますが、再発の場合は、1型はおもに上半身、2型は下半身に限定されます。
単純ヘルペスウイルス1型・2型以外の種類としては、水ぼうそうや帯状疱疹の原因となる水痘・帯状疱疹ウイルス、突発性発疹などを引き起こすヒトヘルペスウイルス6型と7型、伝染性単核症を引き起こすEBウイルス、カポジ肉腫が起こるヒトヘルペスウイルス8型などがあります。
口唇ヘルペスの症状の出方はその人の年齢や体質、体調によって異なります。小児の初感染では、何の症状もなく気づかないケースがほとんどです。大人の場合、4~7日の潜伏期間を経て、唇や口の周りが痛がゆくなった後、3~5ミリ大の水ぶくれやかゆみなどが出ます。発熱やあごの下のリンパ節の腫れ、頭痛、倦怠感などの全身症状を伴うこともあります。再発時の症状の進行は次の通りです。
(1) 前兆として皮膚がピリピリ、チクチクするなどの違和感やかゆみ、ほてりが出る。
(2) 前兆から半日以内に赤く腫れる(ウイルスの増殖が活発な時期)。
(3) 1~3日後、赤く腫れた上に水ぶくれができる。発熱など全身症状が出ることも。
(4) 1週間前後でかさぶたになり、数日で自然に治る。
再発は年1~2回ペースで起こることが多く、通常、再発のたびに軽症化しますが、症状が重くなることもあります。
単純ヘルペスウイルスは人から人への接触感染によってうつり、非常に感染しやすいことをまず覚えておいてください。水ぶくれの中には大量のウイルスが増殖しており、そこから次のような経路で感染します。
皮膚が健康な場合でも感染しやすいので注意が必要ですが、皮膚に傷や湿疹があったり、抵抗力が落ちている人が接触すると感染する率が高くなります。
ただし、感染するのはおもに症状が出ているときだけで、ウイルスが神経節に潜伏しているときに感染することはほとんどありません。ごくまれに症状がないときにウイルスが出ていることがありますが、口唇ヘルペスではとくに問題になりません。
昔は幼少期、親子や祖父母と孫など家族間でほおずりやキスをして感染するケースが多く、ほとんどの人が1~4歳までに感染していました。実際、60代以降の日本人の9割以上が単純ヘルペスウイルスの抗体を持っています。ところが最近は核家族化や衛生面の改善などによって、10代の抗体保有率は6人に1人程度です。幼少期に一度感染するとウイルスに対する抗体ができるため、大人になって再発しても軽症で済みますが、大人になって初めて感染すると、重症化するケースが多くなります。
再発は、神経節に潜伏しているウイルスが活性化して起こります。通常、感染した人の体にはウイルスに対する免疫ができているため、ウイルスの再活性化は抑えられています。
私たちの体には本来、侵入したウイルスや細菌などの異物から生命を守るための免疫力が備わっています。ところが何らかの原因で免疫力が落ちると、ウイルスが再活性化して増殖し、神経節から飛び出して神経を通って皮膚や粘膜に広がり、水ぶくれや痛みなどの症状を引き起こすのです。
とくにかぜをひいて熱が出たときに再発しやすいため、「かぜの華」「熱の華」とも呼ばれています。その他、再発のきっかけになるのは次の通りです。
アトピー性皮膚炎の人は皮膚を守るバリア機能がうまく働かないと、免疫の異常からウイルスが侵入しやすく、重症化しやすい傾向にあります。そのため、皮膚の広範囲に水ぶくれができてただれ、高熱やリンパ節の腫れなどを伴う「カポジ水痘様発疹症」を起こすこともあります。
性器ヘルペスは性行為などによって単純ヘルペスウイルス1型、または2型に感染する性感染症の1つです。一般に初感染の症状は次のように進行します。
(1) 2~10日の潜伏期間の後、感染箇所に痛みやかゆみが出る。
(2) 小さな水ぶくれや赤いブツブツ(潰瘍)が多数現れ、ただれや激痛を伴う。高熱や灼熱感、足のリンパ節の腫れが出ることも。
(3) 2~3週間でかさぶたになり、自然に治る。
口唇ヘルペス同様、初感染では無症状のケースも少なくありません。免疫力が低下していると再発し、口唇ヘルペスでは平均年2回ですが、性器ヘルペスでは女性は年8回、男性は年12回と頻繁に繰り返すのが特徴です。お尻や大腿部、肛門周囲などに症状が出ることもあります。性器ヘルペスは20~30代の女性に最も多く、複数の相手との性交渉が一因となっています。
口唇ヘルペスに感染した人とのオーラルセックス(口唇と性器間の感染経路)によって、性器ヘルペスに感染したり、性器ヘルペスの人とのオーラルセックスによって、のどの粘膜に感染してしまうケースも少なくありません。性器ヘルペスは梅毒やエイズなど、ほかの性感染にもかかりやすくします。性交渉の際は必ずコンドームを使用してください。
水ぶくれなどの症状はほかの感染症や皮膚疾患などでも起こりやすく、口唇ヘルペスと間違えやすいので注意が必要です。口角炎や接触性皮膚炎、固定薬疹がその代表です。ウイルスや細菌の感染症としては、子どもに多く発症する手足口病やとびひが挙げられます。皮膚科では症状の起こっている皮膚や粘膜の水疱をハサミで取って顕微鏡でみる方法、ウイルスのタンパクを検出する方法、血液検査でウイルスの抗体を測定する検査などで、口唇ヘルペスかどうかを簡単に診断することができます。
口角炎 | 口角(唇の端)の皮膚または粘膜にただれやひび割れ、潰瘍ができ、口をあけたときに痛む。細菌の感染や常によだれが出ていたり唇をなめる習慣、ビタミンの欠乏、鉄欠乏性貧血などが原因と考えられる。 |
接触性皮膚炎 | かゆみを伴うかぶれ、赤い斑点小さな水ぶくれ、腫れなどが出る。何らかの物質(化粧品、医薬品、洗剤、植物など)が皮膚に接触し、それが刺激となってアレルギー反応が起こる。 |
固定薬疹 | 抗生物質や消炎鎮痛薬、総合感冒薬など、特定の薬剤を服用するたびにアレルギー反応が起こり、同じ場所に水ぶくれや赤い斑点ができる。何度も繰り返すと次第に色素沈着が生じ、黒っぽいアザのようになる。 |
手足口病 | 乳幼児や小児によく見られる急性のウイルス感染症で、口の中、手のひら、足の裏などに2~3mmの水ぶくれや発疹が出る。発熱(38℃以下)やのどの痛み、食欲低下を伴うことも。ほとんどが1週間くらいで自然に治る。 |
とびひ(伝染性膿痂疹) | 乳幼児に多い黄色ブドウ球菌やレンサ球菌による皮膚の感染症。水ぶくれや強いかゆみが出る。虫さされや湿疹をひっかいた傷の二次感染で起こるケースが多い。 |
尋常性天疱瘡 | 突然、口唇や口腔内の粘膜に大小の水ぶくれができ、すぐに破れてただれになり、痛みを伴う。ただれは治りにくく、次第に全身の皮膚に広がる。自己免疫性疾患の1つで、中高生に多く見られる。 |
カンジダ症 | 口の中や消化管に生育する真菌(カンジダ)による感染症。口や膣の粘膜、性器と肛門周辺などに強いかゆみ、痛み、灼熱感が起こる。免疫力が弱っているときに起こりやすい。性行為によって感染するケースも。 |
梅毒(扁平コンジローマ) | 皮膚の傷や粘膜に梅毒トレポネーマという細菌が感染して発症する性感染症。初期症状は痛みのないただれが性器や口に出る。3カ月以降に陰部などにただれを伴う扁平隆起病変が多発し、全身にはしかのような発疹やにきび様発疹が出る。 |
帯状疱疹はヘルペスウイルスの1つ、水痘・帯状疱疹ウイルスによって起こる病気です。通常、初感染は1~5歳ごろに水ぼうそうという形で発症し、年月を経て大人になってから帯状疱疹として再発します。発疹が神経に沿って帯状に出るところから帯状疱疹といわれます。とくに多いのが胸からお腹、背中など、胸髄神経節の領域と、顔面の三叉神経の領域です。
帯状疱疹も口唇ヘルペス同様、免疫力が低下したときに発症し、症状は次のように進行します。
(1) 体の右または左の片側の神経に沿って刺すような強い痛みやヒリヒリした感じが数日~1週間続く。
(2) 虫に刺されたような赤い発疹が出る。
(3) 発疹の上に、中央にくぼみのある水ぶくれが多数できる。
(4) 水ぶくれが黄色い膿を持ち、全身症状として発熱することもある。1週間前後でやぶれてただれる。
(5) 発症から2週間でかさぶたとなり、3週間で治癒する。
帯状疱疹の特徴は次の通り。
帯状疱疹に何度もかかる場合は膠原病や糖尿病、悪性腫瘍など免疫力に影響を与える疾患を患っている可能性があります。また、皮膚症状が治まった後も強い痛みが3カ月以上続く場合、帯状疱疹後神経痛が疑われます。
口唇ヘルペスで最も多いのが、家族間での接触感染です。水ぶくれができているときはウイルス量が非常に多く、感染力が強い時期ですから、症状がなくなるまではほかの人への感染に注意を払うことが重要です。感染を予防するために次のことを心がけましょう。
単純ヘルペスウイルスは母子感染する危険性があります。妊婦が神経節に単純ヘルペスウイルスを持っているだけでは胎児にはうつりませんが、妊婦が子宮頸部や性器に発症している場合、赤ちゃんが産道を通るときに感染して脳炎を起こしたり、全身に感染して死に至るケースもあります。これらは帝王切開によって予防できます。また、母親に口唇ヘルペスがある場合、感染予防のために母子別室にして授乳をさせないこともあります。
新生児は免疫力が弱いため、単純ヘルペスウイルスに感染すると全身に広がり、重篤な症状が出る恐れがあります。キスやほおずりに限らず、口唇ヘルペスに触った手ですぐに赤ちゃんを触るだけで感染することもあります。キスやほおずりは避け、新生児に触れる前には手をよく洗うようにしましょう。
口唇ヘルペスは免疫力が落ちているときに再発します。再発する頻度は平均すると1年に2回。感染している人はまず、日常生活を見直して自分がどんなときに再発するかを思い起こし、その状況をできる限り避けることが大切です。免疫力を低下させないために次のような生活を習慣にしてください。
口唇ヘルペスは再発しても自然に治りますが、その際、水ぶくれの中で繁殖したウイルスは再び神経節に戻ります。通常は徐々にウイルス量が減り、再発しても軽症で済みますが、症状が悪化してウイルスが爆発的に増殖すると神経節に戻るウイルス量も増加します。すると再発頻度が高くなり、症状も重くなるため、発症時のケアが大切です。
症状の悪化を防ぐためには、まず患部の清潔を心がけてください。水ぶくれの部分は水でそっと洗い、タオルで水気を拭き取ります。また、湿った状態にあると症状が悪化し、細菌に二次感染しやすくなりますから、よく乾燥させます。
水ぶくれが破れると細菌に感染しやすくなり、回復を遅らせますから、患部はこすらないよう気をつけます。とくにかぜや花粉症で鼻をかむとき、こすりやすいので注意してください。
水ぶくれがこすれたり、触ったりすることで、手などを介して他人に感染するので、これを防ぐために、マスクの着用をおすすめします。症状が出ているときは無理をせず、十分な休養をとってストレスや疲れをためないよう努めましょう。強い紫外線を避け、炎症を悪化させるアルコール類は控えます。
皮膚の違和感やかゆみなど、口唇ヘルペスの再発の前兆が現れたら、早めの対処が必要です。病院を受診し、患者判断で抗ウイルス薬を服用するPIT(Patient Initiated Therapy)を受けられるように、薬をあらかじめもらうようにしましょう。
口唇ヘルペスの症状は患部を清潔に保つことで通常、1~2週間程度で自然に治ります。しかし、重症化したり、再発を頻繁に繰り返すと、水ぶくれの部分がただれて痕が残ることがあります。適切な治療をするのが早ければ早いほど症状は軽く、回復も早いので、口唇ヘルペスが疑われる場合はすぐの治療が必要です。
治療の基本は抗ウイルス薬による薬物療法です。抗ウイルス薬には外用薬と内服薬、点滴の3種類があり、症状の程度などによって次のように使い分けます。
●外用薬(軟膏)
アシクロビル、ビダラビン。ごく軽症で再発が頻繁でない口唇ヘルペスに処方。症状がそれ以上広がらないようにする効果がある。※抗ウイルス薬耐性化の可能性があるため、米国では推奨されていない。
●内服薬
アシクロビル、塩酸バラシクロビル、ファムシクロビル。皮膚の症状だけでなく、神経細胞内のウイルスの増殖を抑える効果がある。
●点滴
アシクロビル。初感染で重症化している場合や免疫不全の基礎疾患がある場合、アトピー性皮膚炎の人でカポジ水痘様発疹症を合併した場合などは入院して点滴の静脈内注射を行う。
治療に外用薬のみを用いることもありますが、原則的には内服薬を併用します。口唇ヘルペスは神経細胞内にもウイルスが増殖しているため、外用薬で皮膚や粘膜の病変だけを抑えることに加え、内服薬で神経節のウイルスの増殖を抑えます。内服薬は予兆が出た段階で服用する(PIT)と回復が早いだけでなく、神経節に戻るウイルス量が減って再発しにくくなります。
口唇ヘルペスは一生つき合っていく病気ですが、抗ウイルス薬の使用と日常のケアによって、再発を予防することが可能です。
アシクロビル | 内服薬、外用薬、点滴に使用。ヘルペスウイルスの増殖を阻害。内服薬は1日5回服用。副作用は少ないが、胃腸障害が出ることも。腎臓病の人は服用に注意が必要。 |
塩酸バラシクロビル | 内服薬に使用。アシクロビル系抗ウイルス薬。体内でアシクロビルに変換されて効果を発揮する。アシクロビルより吸収率がよく、1日2回服用。 |
ファムシクロビル | 内服薬に使用。ヘルペスウイルスの増殖を抑える。初期の使用で悪化を防ぎ、治癒を早める。早期に使うほど効果が出る。副作用は皮膚の刺激感、かゆみ、発赤など。 |