鉄は血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンの材料となるミネラルです。体内に鉄が不足すると疲れやだるさ、肩こりといった症状が現れるだけでなく、シミや抜け毛など美容面でもダメージを受けてしまいます。また鉄はコラーゲンの合成にもかかわっているため、不足するとシワの原因にも。健やかで美しい日々のために、毎日コツコツと摂りましょう。
※この記事は2020年4月のものです。
管理栄養士。1983年女子栄養大学卒業。’96年虎の門病院栄養部第5科長を経て部長。’02年東北大学大学院医学系研究科修士課程修了。日本病態栄養学会常任理事、日本臨床栄養学会評議員、(社)日本栄養士会副会長などを務める。
鉄は血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンの材料となるミネラルです。ヘモグロビンはグロビンというタンパク質と鉄が結合した物で、主に酸素を運搬する役割を担っています。呼吸によって体内に吸い込んだ酸素は肺でヘモグロビンと結びつき、心臓から動脈を経て体の各組織へ運ばれています(矢印①)。そしてヘモグロビンは代謝で生じた老廃物である二酸化炭素を各組織から取り込み、肺まで運んできれいにしています(矢印②)。
血液は骨の中心部にある骨髄の造血幹細胞でつくられます。赤血球は全身を循環し、約120日後に脾臓で破壊されますが、鉄は体に欠かせない必須ミネラルのため、肝臓や脾臓で処理された後、その多くは再びヘモグロビンの材料として再利用されます。そのため、出血がなければ体外に排出される鉄は1日1mg程度です。
体内の鉄が不足するとヘモグロビンを順調につくることができず、酸素の運搬や、老廃物である二酸化炭素の回収が滞ってしまいます。すると全身の組織が酸欠状態になったり、二酸化炭素がたまったりして次のような症状が現れます。
筋肉は血液が運ぶ酸素や栄養分をエネルギーにして働き、そこで生じた二酸化炭素をヘモグロビンに回収してもらうことで機能している。筋肉が酸欠状態になるとエネルギーをつくり出せず、疲れやだるさが現れる。
これらの症状がつらかったり、続いたりする場合は、一度受診しましょう。
鉄不足の状態だと、肌にもダメージをもたらします。
また、髪にもダメージが及びます。髪は毛根にある毛乳頭が酸素や栄養分を毛細血管から吸収して健康を保っています。鉄不足により体内の酸素が少なくなると、毛乳頭まで十分な酸素や栄養分が行き届かず、髪の毛が細くなったり、抜け毛が増えたりします。
鉄はコラーゲンの合成にも必要な栄養素です。コラーゲンは、皮膚だけでなく、髪や目、筋肉、血管壁、骨など、私たちの体の組織のあらゆる部位に含まれ、体をつくる上で欠かせない線維性のタンパク質です。コラーゲンは特に皮膚や髪などに多く含まれているため、美容に欠かせない物質とされています。
コラーゲンはタンパク質でできていて、合成の際に十分な酸素が必要で、鉄とビタミンCは重要になります。鉄が体内に十分あることは、コラーゲンの合成、美容に有効といえます。
また、骨はコラーゲンとカルシウムが1対1の割合でできています。骨の構造を鉄筋コンクリートの建物に例えると、コラーゲンが外力を吸収する鉄筋、カルシウムがコンクリートのような役割を果たしています。骨粗しょう症の予防にはカルシウムを摂って骨密度を増やすと同時に、コラーゲンで骨質を高めることが必要です。
爪は指の末端の血液状態を確認することができる部位です。鉄不足になると、本来ピンク色をしている爪が白く見えるようになります。その状態を放置しておくと、爪に横線が入ったり、爪がスプーンのように反り返ったり、弱くなってはがれたり、溝ができて凸凹になったりします。爪は鉄不足の状態を知るバロメーターともいえます。
女性に鉄不足の人が多い理由は、次の通りです。
鉄は、血液中だけではなく肝臓や脾臓にも貯蔵されています。各組織で鉄が不足すると、まず肝臓や脾臓に貯蔵されている鉄が消費されます。それでも足りない場合は血液中の鉄が消費されていきます。そのため、鉄の摂取量が少なくても貯蔵分があるうちはすぐに鉄不足の症状が出るわけではありません。鉄不足は気づかぬうちに少しずつ進行していくのです。
また、女性はダイエットにより糖質や脂質を摂る量を減らすことも多く、エネルギー不足により体内のタンパク質がエネルギーとして消費されてしまいます。すると体内に鉄が足りていても、タンパク質が不足することでヘモグロビンやコラーゲンを合成することができなくなり、貧血や肌荒れなどの症状が現れるようになります。
「日本人の食事摂取基準」によると、1日に必要な鉄の摂取量は成人男性で7.5ミリグラム、成人女性で6.0~6.5ミリグラムとされています。ただし月経のある女性は出血により鉄が失われるため、10.5~11.0ミリグラム必要になります。
妊娠、授乳期には、子どもの分まで栄養が必要なので、鉄も通常より多く摂取しなければなりません。表に加えて、妊娠初期や授乳中は2.5ミリグラム、妊娠中期から後期は9.5ミリグラム多く摂ることが推奨されています。
動物の筋肉の部分から、鉄やタンパク質を効率よく摂取することができます。次のような赤身の肉や魚を意識して摂りましょう。
青菜や海藻類にも鉄は含まれていますが、植物性の食品には食物繊維も多く含まれています。食物繊維には、鉄とくっついて排泄を促してしまう作用もあるため、鉄の吸収に関していえば効率が悪くなります。
また、鉄はビタミンCと一緒に摂ると吸収率が高くなります。ビタミンCは加熱調理により失われやすいのが難点です。加熱による損失が少ないピーマンやじゃがいもなどと一緒に摂ることをおすすめします。また、食事にビタミンCが多く含まれるオレンジジュースやグレープフルーツジュースを追加してもよいでしょう。
春には、ビタミンCが多く含まれる春野菜や果物を上手に取り入れた、次のようなメニューがおすすめです。
また、鉄は、食材だけでなく、調理器具からも摂ることができます。鉄のフライパンや鍋を使用してみるのもよいでしょう。最近では、お湯を沸かす際に鉄の塊を入れて鉄を補給する調理器具も出ています。
鉄は一度に大量に摂ろうとしても、体に吸収される量には限界があり、過剰に摂った分は体の外に排出されてしまうので毎日コツコツと摂りましょう。1日3食少しずつ、鉄が豊富な食材を摂ることが理想ですが、実際のところ毎食意識して赤みの肉や魚を摂ることは難しいものです。
市販のドリンク剤やサプリメントには、鉄が含まれた物がありますので、それらを取り入れることも一案です。ドリンク剤の中には鉄の他、不足しがちなビタミン類やローヤルゼリーが含まれ、不快な鉄の味がしない飲みやすい物などがあります。服用する際は用法・用量を守りましょう。
ドリンク剤やサプリメントを摂る場合は、お茶やコーヒー、紅茶などを一緒に摂らず、2時間くらい間を空けましょう。これらに含まれる苦味成分のタンニンには、鉄と結びついて鉄の吸収を妨げる作用があります。
暴飲暴食やストレスの多い生活をしていると、鉄の吸収を妨げて、鉄不足が進行してしまいます。次の点に注意して生活するよう心がけましょう。
せっかく献血に行っても、血色素量(ヘモグロビン濃度)が基準値に達せずに献血ができない人もいます。その原因は主に鉄不足です。鉄不足による貧血で献血できない人の割合は、女性全体で約30%。特に16~49歳の女性で多く見られます。鉄不足を解消して、献血できる健康な体を目指しましょう。