自律神経失調症とは、脳が受けたストレスが原因で自律神経のバランスが崩れ、内臓が円滑に機能しなくなった状態を指します。自律神経はあらゆる臓器とつながっているため、全身に様々な症状が起こります。例えば、動悸、立ちくらみ、ふらつき、発汗過多、血圧上昇(変動)、下痢や便秘、片頭痛、肩こり、手足の冷え、疲れやすい…などが起こり、複数の症状が出るのが特徴です。自律神経失調症の原因や症状、治し方について専門医に伺いました。
神経内科認定医、医学博士。1985年、名古屋大学医学部卒業後、名古屋第一赤十字病院の副部長等を経て、エスエル医療グループに参加し、認知症・動脈硬化・自律神経失調症・脳卒中などの神経に関する疾病を専門とする渡辺クリニックを開業。自律神経失調症でもあるOD(起立性調節障害)をはじめ、自律神経にかかわる多くの疾患および臨床を担当。
私たちの神経とは、体の隅々まで網の目のように張り巡らされた「電線」のようなものです。その司令塔は「中枢神経」という、脳と脊髄からなる神経の太い束で、そこから枝分かれして全身に張り巡らされている神経を「末梢神経」といいます。
末梢神経は、動きや感覚にかかわる「体性神経(運動神経、感覚神経)」と、臓器の働きにかかわる「自律神経(交感神経、副交感神経)」に分けられます。体性神経は、私たちの意思でコントロールすることができ、体を動かしたり皮膚感覚を伝えたりします。これに対して自律神経は、体の機能(呼吸、血液循環、消化、体温、発汗調節など)の調整をつかさどり、自分の意思でコントロールすることはできず、24時間無意識に体を動かし続けるライフラインのような神経です。
自律神経は、「交感神経」と「副交感神経」で構成されています。この2つは自動車でいうと「アクセル(交感神経)」と「ブレーキ(副交感神経)」のような関係です。アクセルである交感神経が活発になるのは昼間や緊張している時。心身共にアクティブになり、血管が収縮して血圧が上昇、呼吸が早くなり「活動(緊張)モード」に向かいます。これに対して、ブレーキである副交感神経は、リラックスしている時や夜間に活発になります。血圧が下がり呼吸も遅くなり、体が「休息(リラックス)モード」になるのです。この2つの神経は、1日のリズムに合わせて交互に活発になります。
自律神経失調症とは、この交感神経と副交感神経のバランスが崩れて(失調して)、内臓が円滑に機能しなくなった状態です。自律神経失調症では主に、「交感神経が強くなる(アクセルを踏みっぱなしになる)」または「副交感神経が弱くなる(ブレーキがきかなくなる)」ため、内臓が休まらない状態が続くようになります。
自律神経失調症は、様々なストレスによって脳が疲労することで起こります。ストレスというと、人間関係や仕事のストレスなど「精神的ストレス」を思い浮かべやすいですが、猛暑や寒暖差、冬季の日照時間の減少、騒音、夜型生活や運動不足、時間に追われる生活等によって体が受ける「身体的ストレス」も自律神経失調症の原因になります。
脳は疲れやすく、ストレスに弱い臓器です。脳の疲労は「不安」という形で現れ、不安が強くなると「神経症」という脳の病気が起こります。この時、ストレスは脳から自律神経にも伝わりますが、普段は脳と内臓のつなぎ目である自律神経がストレスを遮断し、内臓を守っています。そのため、脳にストレスがあっても自律神経が正常に働いていれば、内臓は円滑に動き続けます。
しかし、脳の不安状態が続くと自律神経が耐えられる限界を超えてしまい、自律神経のバランスが崩れてストレスがどんどん内臓に伝わるようになり、ついには内臓にも様々な疲労症状が出ます。これが自律神経失調症です。
このように、脳のストレスが強くて神経症の状態であっても、自律神経が正常に機能して臓器に影響が出ていなければ、自律神経失調症とはいえません。自律神経失調症とは、「ストレスなどによる脳疲労を原因とした内臓の病気」であり、内科(神経内科)の病気といえるでしょう。
自律神経はあらゆる臓器とつながっているため、症状が出る場所も様々です。例えば以下のような症状が出ます。自分自身の元々弱かった臓器を中心に、複数の臓器に症状が出ることが一般的です。
<自律神経失調症で現れやすい症状>
・安静にしているのに心臓の鼓動が激しくなる(動悸)
・下痢や便秘(便通異常)
・突然体がほてって、汗が止まらなくなる(発汗過多)
・立ちくらみ、ふらつき
・頭痛、頭が重い
・肩こり
・手足の冷え
・手足のしびれ、痛み
・疲れやすい、倦怠感
・眠れない…など
ただし、頭痛や動悸、下痢などは脳の疲労(不安や神経症)でも同様の症状が現れます。そのため、一過性の場合には脳の疲労による症状と考えられます。上記のような症状が3カ月以上にわたって続いていて、内臓の検査で異常が見つからない場合に、自律神経失調症が疑われます。肩こりや頭痛、便秘など1つひとつは身近な不調ですが、複数の症状が3カ月以上続いている場合は、神経内科を受診しましょう。
自律神経失調症の現れ方は、若い頃は交感神経が活発になり過ぎる傾向が強く、年齢を重ねて長期化すると副交感神経の働きが弱まっていく傾向にあります。例えるなら、アクセルをふかしながらブレーキを踏み続けることで、ブレーキが摩耗してしまうような状態です。そのため自律神経失調症では、年代ごとに次のように異なる病気を引き起こしやすくなります。
●思春期…起立性調節障害(OD※)の原因になりやすい
起立性調節障害には様々な原因がありますが、自律神経失調症の症状の一つである「交感神経亢進(こうしん:交感神経が過敏になること)」によって、立ちくらみや倦怠感、頭痛を招くことが分かっています。
※OD:Orthostatic Dysregulation
起立性調節障害の詳しい内容についてはこちらをお読みください。
・疾患ナビ「起立性調節障害」
・ドクターズチェック「起立性調節障害セルフチェック」
●青年期から壮年期…過労死を招きやすい
自律神経失調症になると内臓に疲労が及びやすいため、自律神経失調症がある人は過度な長時間労働や残業などのストレスによって脳血管疾患や心臓疾患などが起こる、いわゆる過労死を招きやすくなります。たとえ精神的ストレスがそれほど強くなくても、長時間労働の継続が身体的ストレスになります。
●中年期から老年期…メタボリックシンドロームやアルツハイマー型認知症を招きやすい
交感神経が活発になると血圧が上がるため高血圧になりやすく、メタボリックシンドロームのリスクが上昇します。また、体をむしばむ「活性酸素」も産生されやすくなります。通常、活性酸素は副交感神経が活発になると排出されますが、年をとるにつれて副交感神経の働きが低下すると排出しにくくなり、がんなどの様々な病気につながりやすくなります。副交感神経の低下は白血球のリンパ球の減少も招き、免疫力も低下させます。
他にも、アルツハイマー型認知症の原因であるタンパク質の「アミロイドβ」の排出も鈍化し、認知症になりやすくなります。
自律神経失調症は、以下の3つを満たした場合に診断されます。
➀ストレスがある…対人関係、夜型生活、運動不足、長時間労働など
➁内臓疲労症状がある…動悸、ふらつき、発汗過多、不眠、倦怠感、頭痛、血圧変動、便通異常など
➂自律神経機能検査で異常がある
「自律神経機能検査」とは、心電図上の心拍の揺らぎ(変動)を調べ、自律神経の状態を数値化する検査です。検査を行える機関は現在のところ限られているため、①、➁があり、内臓の異常が見つからなければ「自律神経失調症の疑い」と診断されるケースも多くあります。
このように自律神経失調症は、診断がつきづらい病気です。しかし、内臓自体に異常があるのか、自律神経失調症に起因する不調なのかを調べることは大切です。気になる症状があれば、神経内科を受診しましょう。
自律神経失調症は、「①ストレスが脳内に増える→②自律神経が失調する→➂内臓に障害が起こる」という順番で起きるため、治療も「①脳のストレスを減らす→②自律神経をケアする→➂内臓をケアする」という3段階で進められます。
まずは、精神的ストレスとなっている物事から距離を置いたり、身体的ストレスとなっている生活習慣を改善したりすることで脳のストレスを減らします。神経症には、精神安定剤などの薬が処方されます。
自律神経のケアは、規則正しい生活を行うことで改善していきます。治療法と予防法は重なるため、詳しくは以下の「自律神経失調症の予防法」をご覧ください。その上で内臓のケアとして、痛みがあれば鎮痛薬、便通異常には整腸薬、不眠であれば睡眠薬など、症状に応じた薬が処方されます。漢方薬や自律神経調整薬が用いられることもあります。
個人差がありますが、適切な生活を3カ月ほど続けることで、自律神経失調症は緩やかに改善していきます。長時間労働が原因で自律神経失調症が起きている場合には、自宅療養が必要になるケースもあります。医師の指示に従い、焦らずにゆっくり休むことが大切です。
自律神経失調症の予防法と改善法は重複しますが、基本は精神的ストレスを取り除き、夜型生活や運動不足、時間に追われる生活のような身体的ストレスを与える生活を改めて、「スローライフ」を送ることです。以下のようなポイントを意識しましょう。
脳の疲労を回復させて、自律神経を整えるために欠かせないホルモンがセロトニンです。セロトニンはストレスに強くなるホルモンで、朝日を浴びることで分泌が促されます。朝は決まった時間に起きて朝日を浴び、夜は決まった時間に眠りましょう。このような規則正しい生活をすることが、自律神経失調症を予防・改善する第一歩です。
セロトニンは、日光に当たりながらの散歩、ヨガやフラダンスなど黙々と動き続けることで分泌されるため、昼間に体を動かすことがおすすめです。考え事をせず、無心になれるような無理のない運動を続けましょう。
ドーパミンは大脳の前頭葉を元気にし、ストレスを力に変えられる「プラス思考」を生むホルモンです。わくわくした気持ちがドーパミンの分泌を促しますが、おすすめなのは、毎日「5000歩歩く」など、クリアできそうな小さな目標を立てて、それを達成すること。毎日小さな達成感を味わうことが大切です。
睡眠と共に生活リズムを整えることに大切なのは、食事のリズムです。特に朝食は体内時計をリセットして自律神経を整えることに役立つので抜かないようにしましょう。夕食は寝る3時間前くらいまでに食べるのが理想です。
〈自律神経失調症を改善する食材のポイント〉
●傷ついた自律神経を修復する食材
自律神経は主にビタミンB12でできており、末梢神経のダメージを回復させるにはビタミンB群が必要不可欠です
●ストレスから自律神経を守る食材
セロトニンの元になる「トリプトファン」はタンパク質に含まれます。また、リラックスホルモンである「GABA(γ-アミノ酪酸)」を生成するグルタミンもタンパク質から生成されるため、タンパク質の豊富な食材を摂りましょう。グルタミンは熱に弱いので魚介類のお刺身や生卵もおすすめです。
●交感神経を抑え、副交感神経を活発にしやすい食材
抗酸化力の高いビタミンEは活性酸素を取り除き、副交感神経を活発にすることをサポートします。また、カルシウムは交感神経を抑制する作用があり、発酵食品も副交感神経を活発にすることに役立ちます。
〈代表的な食材は「なまけとらんか」と覚えよう〉
これらを含む代表的な食材として「なまけとらんか」を合言葉に覚えておくとよいでしょう。
「な」納豆(タンパク質、発酵食品)
「ま」マグロ(タンパク質、ビタミンB群など)
「け(げ)」玄米(ビタミンB群など)
「と」豆腐(タンパク質、カルシウムなど)
「らん」卵(タンパク質、ビタミンB群など)
「か」かぼちゃ(ビタミンEなど)、かつお節(グルタミン酸など)
もちろんこの食材だけを摂ればよいわけではなく、タンパク質、ビタミンB群、ビタミンE、カルシウム、発酵食品を意識しながらバランスよく食べましょう。
自律神経失調症は一般に頑張り過ぎる人に多く、時間に追われる忙しい生活が一因になっています。いわば現代病の1つといえるでしょう。予防・改善するには、スローライフを意識すること。「何もしないこと」も大切です。10日間ほど温泉で体を温めて療養する「湯治」にも効果があります。休暇を取るのを恐れずに、医師と相談しながら「急がば回れ」で改善していきましょう。