鉄分不足とは、健康維持に欠かすことのできない必須ミネラルの1つである鉄が、体内に不足している状態のことを指します。鉄分不足は、食事からの摂取不足だけでなく、月経などによる出血や、鉄の吸収率の低下などによって起こり、疲れやすさ、めまい、動悸、息切れなどの症状につながることがあります。
鉄は体内に3~4gあり、タンパク質と結合して存在しています。このうち約70%は「機能鉄」と呼ばれるもので、赤血球のヘモグロビンの構成成分として、肺から取り込んだ酸素を全身に運んでいる他、一部はミオグロビン(ヘモグロビンに似たタンパク質)として筋肉中に存在し、血液から酸素を受け取って貯蔵しています。残りの約30%は肝臓や骨髄、脾臓などに蓄えられて「貯蔵鉄(フェリチン)」と呼ばれるものになり、機能鉄が不足した時に利用されています。また、体内に存在する鉄の約0.3%は酵素の構成成分となり、エネルギー代謝において重要な働きを担っています。
赤血球の寿命は約120日といわれ、日々少しずつ入れ替わっています。赤血球の寿命が尽きた後、鉄は体内で回収・再利用されるため、多くの人は特に鉄を意識して摂取する必要はありません。しかし、鉄が失われやすい月経のある女性や激しいスポーツをしている人、多くの鉄を必要とする成長期の子どもなどは、再利用された鉄や通常の食事で賄う鉄だけでは不足しやすく、適切な対処が必要となります。
鉄については、特集「健康な毎日を支えるビタミン・ミネラルガイド」もご覧ください。
日本内科学会認定内科医、日本血液学会認定血液専門医。国立国際医療センターでの研修後、虎の門病院、国立がんセンター中央病院にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。都立府中病院、都立墨東病院での血液疾患の治療に従事した後、2016年より現職。自身も貧血であった経験を活かし、貧血外来や女性内科で治療に当たっている。
●鉄の必要な摂取量
厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、1日の鉄の食事摂取基準の推奨量をおおむね次のように設定しています。男女共にこの数値をほぼ満たしていますが、不足しがちな人もいます。
<鉄の1日の食事摂取基準(推奨量:mg)>
| 年代 | 男性推奨量 | 女性推奨量 | |
| 月経なし | 月経あり | ||
| 10~20代 | 7.0~9.5 | 6.0~9.0 | 10.0~12.5 |
| 30~40代 | 7.5 | 6.0 | 10.5 |
| 50代以降 | 6.5~7.0 | 5.5~6.0 | 10.5 |
※厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」より作成。特集「健康な毎日を支えるビタミン・ミネラルガイド」掲載のデータ(2020年版)から数値が更新されています。また、耐用上限量は撤廃されました。
●鉄分不足の主な3つの原因
鉄分不足の主な原因は、「鉄の摂取量が足りない」「鉄を失う」「鉄を吸収できない」の3つです。鉄分不足は、鉄の摂取量が足りないことだけで起こるものではなく、鉄を失いやすかったり鉄をうまく吸収できなかったりすることも影響し、この3つのいずれか、または複数が重なって起こります。そのため、次のような人たちは鉄分不足に陥りやすいと考えられます。
●鉄分不足になりやすい人
・月経のある女性
経血には鉄を含む赤血球が含まれるため、月経で月に30mgほどの鉄が共に失われます。そのため不足する人も多く、推奨される鉄の摂取量は別途設定されています。特に経血量が多い人は注意しましょう。
・妊娠中や授乳中の女性
妊娠中は胎児の成長や血液循環の増加により、出産後は出産時の出血や母乳の分泌により、鉄分不足になりがちに。鉄欠乏性貧血の妊婦からは、低出生体重児が産まれる可能性も高いといわれています。また、新生児が必要とする鉄も、生後半年ほどは母体から受け継いで体内に備えた鉄に依存します。赤ちゃんのためにも、妊娠中や授乳中の女性はより多くの鉄を摂取することが望ましく、推奨摂取量に次の量が付加されています。
妊娠初期(付加量):+2.5mg
妊娠中期・後期(付加量):+8.5mg
授乳婦(付加量):+2.0mg
※厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」
・成長期の子ども
成長期の子どもは、体が大きくなるのに伴い血液量や筋肉量が増えるため、鉄が多く必要になります。新生児や乳幼児も、脳や神経の発達に鉄は欠かせません。
・食が細い人やダイエットをしている人、偏った食事をしている人
食事量が少ないと、栄養素の摂取量が不足したり栄養バランスが乱れたりしやすく、鉄も不足してしまう場合があります。
・消化機能が低下している人
加齢や病気により消化機能が低下していると、食事を摂っても鉄を十分に吸収できず不足してしまいます。
・病気がある人や薬を服用している人
子宮筋腫や痔、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃がん、大腸がんなど出血が続く病気の人、血友病や免疫性血小板減少症(ITP)のような出血すると血が止まりにくくなる病気の人は、鉄が失われやすいといえます。甲状腺機能低下症や心不全でも鉄分不足の人が多く見られ、鉄分不足が症状や予後に影響することもあります。また、アスピリンや胃酸を抑える薬の服用、ピロリ菌の感染が鉄分不足につながることも。
・スポーツをしている人
汗をかくと、汗1Lにつき0.5mgの鉄分が失われるといわれており、激しい運動が習慣になっている人や、部活や習い事でスポーツをしている子どもは注意が必要です。サウナによく行く人も気をつけましょう。また、運動中は、体中に酸素を運んだり筋肉中で酸素を受け取ったりするために多くの鉄が必要になる、足の裏に衝撃を受けることで赤血球の破壊(溶血)が起こる、運動によって消化器官に出血が起こる、パフォーマンス向上のために食事制限を行う場合があるなどといったことからも、スポーツをしている人は鉄が不足しやすくなる傾向があります。
鉄分不足も影響するランナー貧血については、コラム「ランナー貧血って? 動悸、息切れ、パフォーマンスが上がらない……なら疑って」も参考に。
●必要な鉄の量は年代によって変わる!
男性も女性も、鉄の必要量は年代によって変化しますが、特に女性は、鉄とのかかわりが深い月経・妊娠・授乳などもあり大きく変化します。
<鉄分不足と女性の年代の関係>
・乳幼児期
体や脳、神経などの成長に鉄が欠かせませんが、鉄が豊富な食材は子どもにとって食べにくいものも多く、通常の食事だけで補うのが難しい場合があります。
・思春期
体の成長のために多くの鉄が必要になり、さらに、月経が始まると定期的に鉄が失われるようになります。また、授業や部活動、習い事などでスポーツをして、大量の汗をかいたり溶血が起こったりすることも。ダイエットによる食生活の乱れにも注意しましょう。
・性成熟期
月経に加え、妊娠・出産・授乳のためにも多くの鉄が必要になります。また、鉄を失いやすい子宮筋腫や子宮内膜症、子宮頸がんのリスクも高まってきます。
・更年期
ホルモンバランスの変化による月経過多、子宮筋腫や子宮内膜症、子宮体がんによる出血異常、ストレスや加齢による消化機能の低下などが鉄分不足の原因に。
・老年期
閉経により定期的に鉄を失うことはなくなりますが、消化機能の低下や食欲の低下による栄養不足、病気による慢性出血のリスクが高まり、鉄分不足になる場合もあります。
鉄分不足では、疲れやすさ、倦怠感、めまい、立ちくらみ、動悸、息切れなどの症状が見られることがあります。鉄分不足によって起こる代表的な病気が、鉄欠乏性貧血です。鉄は、酸素を全身に運ぶ働きのあるヘモグロビンの構成要素であるため、体内の鉄が不足するとヘモグロビンの量も減り、体が酸欠のような状態になる鉄欠乏性貧血を起こします。「令和5年国民健康・栄養調査」では、20~49歳の女性の約半数が貧血に該当することが分かりました。貧血には様々な種類があるものの、日本人女性の場合、その多くが鉄欠乏性貧血と見られています。
鉄分不足と鉄欠乏性貧血は、それぞれの症状も相互に関連しており、鉄分不足や鉄欠乏性貧血で見られる自覚症状には以下があります。自覚症状があると進行している場合が多いので、注意しましょう。
<鉄分不足で見られる主な症状>
・疲れやすさや倦怠感
・頭痛、めまい、立ちくらみ
・集中力や注意力の低下
・動悸、息切れ
・顔色が悪い、肌のかさつき、シミ・シワの増加
・抜け毛、髪が細くなる
・食欲不振
・筋力や持久力の低下
・耳鳴りや難聴
・爪の変形や割れ
・口の周りや舌の炎症、飲み込みにくさ
・鼻血や歯茎からの出血
・イライラ
・手足の冷えやむくみ
・生理の症状が重い
・氷が食べたくなる
貧血の原因や種類について詳しくは、「貧血」もご覧ください。
鉄分不足が疑われる場合は、まず原因を確認するために医療機関を受診し、必要に応じて鉄剤などで鉄を補います。貧血には、急に症状が現れる急性・亜急性貧血と、症状がなかったり数週間以上症状が続いたりする慢性貧血があります。特に急性・亜急性貧血は体内に大量の出血などが隠れている可能性もあり、早急な治療が必要です。気になる症状がある人は、内科や消化器内科、婦人科などを受診し、検査してみましょう。
●貧血の検査で分かる鉄分不足
鉄分不足や鉄欠乏性貧血は、問診に加え、ヘモグロビン濃度や血清鉄、フェリチンなどを調べる血液検査で確認し、次の項目から貧血のタイプや原因を調べます。血液検査は、勤務先や自治体の健康診断、人間ドックでも調べられますが、検査項目が異なる場合があります。
・血液中のヘモグロビン濃度(Hb)
・赤血球の大きさ(MCV)
・血液全体の中で赤血球が占める割合(ヘマトクリット)
・赤血球中のヘモグロビン量や濃度(MCH/MCHC)
・赤血球数(RBC)
・若い赤血球の割合(RET)
・血清鉄(Fe)
・血液中で鉄を運ぶタンパク質(トランスフェリン)の運搬能力(TIBC)
・鉄分の貯蔵量(フェリチン)
これらを調べ、次のような状態であれば鉄欠乏性貧血と診断されます。
| 検査項目 | 状態 |
| 血液中のヘモグロビン濃度(Hb) | 低い |
| 赤血球の大きさ(MCV) | 小さい |
| 血清鉄(Fe) | 低い |
| 血液中で鉄を運ぶタンパク質(トランスフェリン)の運搬能(TIBC) | 上昇 |
| 鉄分の貯蔵量(フェリチン) | 低い |
血液検査で鉄欠乏性貧血と診断されると、必要に応じて便潜血検査や内視鏡検査、超音波検査などを行い、消化器からの出血や婦人科疾患の有無なども調べます。
●貯蔵鉄が不足する「かくれ貧血」とは
貧血の診断に使われるヘモグロビン濃度と赤血球の大きさなどに問題がなくても、貯蔵鉄が不足して起こる「かくれ貧血(潜在性鉄欠乏症)」というものがあります。貯蔵鉄が枯渇した後も、ヘモグロビン濃度はしばらくの間正常な状態を維持するため、通常の血液検査では見つけにくい貧血です。健康診断で異常がないのに貧血の症状がある場合は、医療機関で貯蔵鉄の数値を調べてもらうとよいでしょう。
日本人女性のうち、貯蔵鉄が不足している人が多いのは20~40代で、閉経すると貯蔵鉄不足は緩和されます。しかし、貯蔵鉄は多ければよいというわけではなく、体内の炎症によって増加する場合もあるので注意が必要です。
●鉄分不足の治療
健康診断で「貧血気味」と指摘されても、そのまま放置してしまう人がいますが、予備軍の段階でもケアすべきなので、ぜひ医療機関に相談してください。
鉄分不足の場合、鉄を補えば症状は改善します。鉄剤の服用を、様子を見ながら半年ほど続けるのが一般的ですが、吐き気や副作用などがあり鉄剤が服用できない場合は、注射や点滴が行われることもあります。
また、鉄の補充だけでなく、鉄分不足になった原因を明らかにし、病気の治療や食生活の見直しを行うことも大切です。鉄分補充をサポートする形で、月経過多の人にはピルなどで出血をコントロールしたり、ピロリ菌除菌で鉄の吸収力をアップさせたりする場合もあります。
治療を受けた人の中には、自己判断で治療を中断してしまうケースや、鉄欠乏性貧血が治った後も食生活の見直しや鉄分不足の原因である病気の治療をせず、再発するケースも多く見られます。「体調がよくなった」「治療が終わった」で済ませることなく、自身の健康管理には日々継続して取り組みましょう。
●鉄分不足の予防の基本は「食生活の見直し」
鉄分不足の予防の基本は、食生活の見直しです。栄養バランスのよい食事を、1日3食、規則正しく摂ることを心がけましょう。併せて、鉄を補う食事も意識してください。
●鉄分不足を予防する食生活の5つのコツ
①吸収率が異なる2つの鉄をバランスよく摂る
鉄は、主に動物性食品に含まれタンパク質と結合する「ヘム鉄」と、植物性食品や卵、乳製品に含まれる無機鉄の「非ヘム鉄」に分類され、この2つをバランスよく摂ることが大切です。
<ヘム鉄の多い食品>
豚や鶏などのレバー、ひれ肉や馬肉など赤身の肉、カツオやマグロなどの赤身の魚、アサリやシジミなどの貝類。
<非ヘム鉄の多い食品>
納豆などの大豆加工品、小松菜やほうれん草、青のりやひじきなどの海藻類、卵。
②鉄の吸収を助ける物と阻害する食品を意識する
体内での鉄の吸収率は、体内の鉄の貯蔵量が少ないと高まり、多いと低くなります。また、吸収を助ける食べ物や、逆に阻害する食べ物もあります。ヘム鉄と非ヘム鉄は吸収率が大きく異なり、ヘム鉄の吸収率は15~20%と高く、他の食品と一緒に摂っても吸収を妨げられにくいのですが、非ヘム鉄は2〜5%と低く、吸収を助ける物を一緒に摂取するのがおすすめです。
<鉄の吸収を助ける食品>
非ヘム鉄は、良質なタンパク質を含む肉や魚、ビタミンCを多く含むブロッコリーやいちごなどと一緒に摂取すると吸収率がアップします。また、動物性タンパク質や野菜に含まれるビタミンB6、B12、植物性タンパク質に含まれる葉酸などは、赤血球の合成に欠かせないものです。さらに、胃酸の分泌が促されると、鉄も吸収されやすくなります。梅干しや酢の物など酸味のある物や、香辛料は胃酸の分泌を促すのに役立ちます。
<鉄の吸収を阻害する食品>
カフェインやタンニンは鉄の吸収を阻害する可能性があるので、鉄欠乏性貧血の人は、食中や食後にコーヒーやお茶を飲むのは控えたほうがよいでしょう。また、穀物の外皮などに含まれるフィチン酸、ほうれん草などに含まれるシュウ酸、インスタント食品や加工食品に含まれるリン酸も、鉄の吸収を阻害します。ほうれん草は非ヘム鉄を含む食材でもあるので、下茹でしてシュウ酸を除いてから食べましょう。また、胃酸を抑えるタイプの胃薬も、鉄の吸収を阻害します。
③鉄の調理器具を利用する
鉄製のフライパンや鍋、鉄瓶を使うことでも鉄を補えます。鉄玉子などと呼ばれる球体の鉄を活用してもよいでしょう。
④よくかんで食べる
適切な量の食事をよくかんで食べると、胃酸が分泌され、鉄が吸収されやすくなります。
⑤ドリンク剤やサプリメントなどを補助的に活用する
食事からの摂取が十分でない場合は、ドリンク剤やサプリメントなどを補助的に活用するのも一案です。乳幼児の場合、レバーなど鉄を多く含む食品を嫌がる場合もあるので、鉄が強化されたミルクや離乳食、おやつなどを活用してもよいでしょう。ただし、予防には役立ちますが、治療にはなりません。鉄欠乏性貧血の人は医療機関で治療を受けるようにしましょう。
鉄はヘプシジンというホルモンの働きにより、必要以上に体内に吸収されないようにコントロールされています。しかし、肝機能に異常が生じると、ヘプシジンの分泌が乱れて過剰に吸収・蓄積され、鉄過剰症を起こしたり亜鉛の吸収を阻害したりする場合があります。肝炎や脂肪肝などがある場合は、鉄を多く含むサプリメントなどの使用は注意しましょう。
鉄分不足というと女性の不調をイメージする人も多いでしょう。男性は普通に生活していれば鉄分不足に陥ることはあまりありません。しかし、体が成長する年代では男性も多くの鉄が必要になり、高齢者は食が細くなることや消化機能が低下することから鉄が不足しがちになるなど、ライフステージによっては注意が必要です。激しい運動やサウナ通いが習慣になっている人、ダイエットをしている人もリスクが高いでしょう。
また、痔や潰瘍、がんなどで消化器官から慢性的に出血が続いて鉄分が失われ、貧血になる男性もいます。倦怠感やめまい、顔色の悪さなど貧血が疑われる症状があれば、医師に相談してください。
鉄が不足して起こる代表的な病気は鉄欠乏性貧血ですが、それ以外にも関与が考えられる病気はあります。また、鉄分不足は免疫機能の低下をもたらすため、病気や傷が治りにくい、感染症にかかりやすくなるといったことも起こり得ます。
<鉄分不足で起こる病気>
・むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)
脚に「むずむずする」「虫が這うような感じ」といった不快感が現れ、じっとしていられなくなる病気。夕方から夜間に多く、睡眠の妨げになります。
・異食症
本来は食べ物として積極的に摂らないものが無性に食べたくなるもので、摂食障害の1つとされます。鉄分不足で見られる氷を大量に食べたくなる氷食症も異食症に該当します。
鉄分不足の人の中には、季節を問わずたくさんの氷をガリガリと食べたくなる人がいます。その原因は明らかになっておらず、自律神経の乱れの関与、口の中の痛みや不快感の緩和、イライラの解消など諸説あります。昔は生米や土壁が食べたくなったというケースもあったことから、重要なのは氷ではなく、「ガリガリと食べること」なのかもしれません。