まだまだ残暑が厳しい9月前半は、夏の疲れがたまるピークの時期。夏バテを感じる方も増えているのではないでしょうか?そもそもこの時期に夏バテを起こしたり、夏の疲れがたまりやすいのはなぜなのか。今回は自律神経に着目し、夏バテやこの時期ならではの疲れの原因から探っていきます。食事や運動など、日々の生活に取り入れやすい、自律神経を整える方法を身につけて、来るべき本格的な秋を元気に過ごしましょう。
1987年順天堂大学医学部卒業。同大学大学院医学研究科(小児外科)修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科などに勤務後、順天堂大学医学部小児外科学講師・助教授などを歴任し、現在に至る。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。自律神経研究の第一人者であり、多くのアスリートの指導にかかわっている。また順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した‟腸のスペシャリスト“としても活躍。著書に『一流の人をつくる 整える習慣』『自律神経を整える「あきらめる」健康法』(KADOKAWA)、『自律神経が整う時間コントロール術』(小学館)、『聞くだけで自律神経が整うCDブック』(アスコム)、『小林弘幸式2週間プログラム 朝だけ腸活ダイエット』(ワニブックス)など多数。YouTubeチャンネル「ドクター小林の健康塾」で健康情報を発信している。
夏バテや夏の疲れともかかわりが深い「自律神経」とは、一体どのようなものなのでしょうか。
自律神経は、呼吸や内臓の働き、血液の流れなど、人間が生命を維持するための機能をつかさどる神経のことです。自律神経とは私たちの体に備わった、いわば24時間働き続ける“自動運転システム”。自分の意思でコントロールすることはできません。
●交感神経と副交感神経の役割
自律神経には交感神経と副交感神経の2種類があります。車に例えると、交感神経がアクセルで、副交感神経はブレーキの役割を担っています。
交感神経が優位に働くと、血管が収縮して血圧や心拍数が上がり、心と体が活発な状態になります。その反面、胃腸の働きを抑制します。一方で副交感神経が優位に働くと、血管を拡張させて血圧や心拍数を下げたり、胃腸の働きを促進させたりするなど、交感神経とは真逆の働きをします。
自律神経は1日を通して、必ずどちらかが優位になっています。一般的に、アクティブに活動している時や緊張・不安を感じている時は交感神経が優位になり、リラックスしている時や眠っている時は副交感神経が優位になります。
正反対の役割をもつこの2つの神経が、互いにバランスを取り合いながら働いているおかげで、私たちの健康は保たれているのです。交感神経と副交感神経のバランスは人それぞれですが、心身にとって理想的なのは、交感神経と副交感神経がどちらも高い状態で保たれている状態です。
●自律神経は変化が苦手
本来、自律神経のリズムは昼間に交感神経が優位になり、夜は副交感神経が優位に切り替わります。しかし、精神的なストレス、過労による肉体疲労、睡眠不足、偏った食生活など不規則な生活を続けていると、自律神経は乱れて、心身に様々な不調が現れます。
自律神経は変化が苦手で、少しの変化でもバランスが崩れます。特に、夏は外気温と室内温度の差が激しく、熱帯夜でよく眠れず、食欲も低下するなど変化の激しい季節です。夏を乗り越えつつある今、そのような自律神経の乱れが“夏バテ”や“夏の疲れ”となって現れてしまうのです。
季節の変わり目は誰でも自律神経が乱れやすくなります。では、暑い夏に自律神経が乱れやすくなるのはなぜなのでしょうか。夏に自律神経が乱れやすくなるのは、「脱水」と「屋内外の気温差」が二大原因です。
体がだるくて気力が湧かないなどの症状を伴う「夏バテ」は、“自律神経の総合力”が落ちることが原因で起こります。この時期は、普段あまり変化しない副交感神経の働きまで低下してしまうため、自律神経の総合力が落ちて、“夏バテ”が生じるというわけです。
もう少し詳しく見ていきましょう。
① 脱水
夏バテや夏の疲労感のいちばんの原因は脱水です。汗をかく夏は一年の中で最も脱水に注意が必要です。体は脱水を起こすと、これ以上水分を減らさないように細胞が血管との連絡口を閉じてしまいます。細胞が守りの状態に入ると、交感神経が優位になり、末梢の血管を収縮させます。この末梢の血流不足が疲労感の原因になります。
②屋内外の気温差
屋外は暑く、室内はエアコンが利いて寒いなど、外気温と室内の急激な気温差も自律神経を乱す主な要因です。寒暖差が7度以上あると自律神経が過剰に働いてしまい、過労につながる「寒暖差疲労」を起こすことも。上着などを用いて、こまめに体温調整しましょう。
他にも、以下のような原因が考えられます。
③睡眠不足
睡眠不足は副交感神経のレベルを低下させ、自律神経のバランスを乱れさせます。熱帯夜でよく眠れない、夜中に何度も起きるなど、眠りが浅くなると、血流の低下によって脳の機能も低下します。自律神経のバランスの乱れによる血流悪化の影響は全身に及び、やる気の低下やだるさなど、いわゆる夏バテの症状につながります。
④消化力の低下
自律神経と腸は密接につながっています。副交感神経の働きが低下し、消化や排泄の働きを低下させてしまうと、食欲低下や便秘、下痢、慢性疲労などの症状を引き起こします。夏バテで食欲が減るのではなく、自律神経からくる腸の働きの低下が、結果的に食欲の低下を招いてしまうのです。
⑤シャワー浴
夏は入浴をシャワーだけで済ませる人も少なくないでしょう。しかしこれも、自律神経を乱す原因に。自律神経を整えるためには、夏であっても39~40度のお風呂に15分間ゆったり浸かるのがベストですが、難しい場合はシャワーで仙骨(せんこつ:腰の中央、背骨のいちばん下ある骨)に熱めの湯をかけて温めると、湯船に浸かった時と近い効果が得られます。
⑥紫外線
夏の強い紫外線を浴びると体が炎症を起こし、自律神経を乱す第一の原因である脱水を引き起こしやすくなってしまいます。
自律神経の総合力が落ちることで、起こってしまうのが“夏バテ”。そのため、夏バテから回復するには普段よりも意識的に活動量を上げることが重要です。自律神経の乱れを整えるためには、疲れがたまった時こそ動くこと。アクティブに過ごすことで、自律神経のバランスが整い、疲れの回復も早くなります。「生活の中で動く」「腸を整える」「呼吸法」の3つを意識して自律神経を整えましょう。
① 夏バテ解消には、生活の中で動こう
●暑い時こそ動く
暑いと動くのがおっくうになりがちですが、暑い時こそ体を動かすことで疲労感は少なくなります。例えば、駅ではエスカレーターではなく、なるべく階段を使いましょう。ただし、暑さや湿気による“不快感”がストレスになり、自律神経が乱れやすくなります。そのため、汗をかいても不快に感じない工夫が必要です。例えば、朝は汗を吸っても不快に感じにくい速乾性のあるTシャツ等で通勤し、会社に着いたらYシャツに着替えるなどもおすすめです。
●帰宅後は一休みせずに動く習慣を
夏の暑い日に、仕事や買い物から帰宅してすぐに「疲れた」からといってソファに座ったが最後、なかなか立ち上がることができない、といった経験はないでしょうか。これは休むことで交感神経がオフになり、副交感神経が活発になるため。休憩後にいざ動こうとしても交感神経を再びオンにするのが難しくなってしまいます。帰宅後は一休みしたい気持ちをぐっと抑えて、家事を一気に片づけてしまうほうが、結果的に疲労感は少なくて済みます。その後は、夜のリラックスタイムまでゆっくり過ごすことができるでしょう。
●早寝早起きで生活リズムを整える
自律神経は朝日を浴びた瞬間から活性化します。朝日を浴びて「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンの分泌を促し、自律神経を整える体内時計をリセットしましょう。早起きして朝の準備に30分の余裕をもてれば、自律神経が乱れにくくなります。そして朝食をゆっくり食べましょう。食べることで休んでいた腸が動き出し、副交感神経の働きがスムーズになります。朝の起床時間を一定にすることで、就寝時間も自然に定まりやすくなります。夜は少なくとも12時までに就寝するようにしましょう。
② 夏バテ解消には、腸を整えよう
●朝起きたらコップ1杯の水を飲む
自律神経を整える第一歩としておすすめなのが、朝一番にコップ1杯の水を飲むこと。朝起きがけに水を飲むことで腸が刺激されて副交感神経が高まり、自律神経が整います。また、1杯の水が「胃結腸反射※」を促し、便秘の解消にも効果が期待できます。さらに、寝ている間に失った水分を補給する効果もあります。朝1杯の水を習慣化することで、腸内環境も自律神経も整ってきます。
※胃に食べ物(飲み物)が入ってくると、反射で大腸の蠕動(ぜんどう)運動が始まること。
●発酵食品と食物繊維を摂る
腸内環境を整えるには、善玉菌の多い発酵食品を積極的に摂りましょう。発酵食品にはヨーグルトや納豆、みそ、しょうゆ、ぬか漬けやキムチなどの漬物、チーズなどがあります。お気に入りの発酵食品に加えて、さらにプラス2種類を摂れば、腸の免疫力を高める効果も期待できます。
また、善玉菌のエサである食物繊維を摂ることも大切です。食物繊維には水に溶けやすい水溶性と、溶けにくい不溶性があります。水溶性食物繊維はオクラや里いも、なめこなどのネバネバ系の食べ物や、そば、押し麦、人参などに多く含まれています。不溶性食物繊維はバナナ、ごぼう、さつまいも、豆類、玄米などに多く含まれています。両方をバランスよく摂るように心がけましょう。
●いま話題のレジスタントスターチを積極的に摂ろう
レジスタントスターチとは、体内で消化されない(レジスタント)でんぷん(スターチ)のこと。「難消化性でんぷん」とも呼ばれています。消化酵素で分解されずに大腸まで届くため、善玉菌のエサになる食物繊維と同様の機能をもつことで注目されています。
レジスタントスターチは、熟しきっていない緑色のバナナやご飯、いも類などに多く含まれています。でんぷんが冷えていく時に増えるため、ご飯はおにぎりや冷や汁など冷えたものを、じゃがいもはポテトサラダなどで冷やして摂るのがおすすめです。
●ひねりの運動で腸トレをしよう
腸内環境の改善には、ひねりを入れた動きで腸に刺激を与えるストレッチも効果的です。詳しい方法はこちらでご紹介しています。
・大正健康ナビ「便秘に効く“腸習慣”ですっきり体質になる!」
https://www.taisho-kenko.com/column/13/
・ビオフェルミン製薬「腸活ナビ」
https://www.biofermin.co.jp/chokatsu_navi/article/010.php
③ 夏バテ解消には、呼吸を整えよう
呼吸法を身につけることでも自律神経は整います。基本は、「鼻から4秒吸い、口から8秒吐く」という「1:2」のリズムです。最初は「鼻から3秒吸い、6秒吐く」でも構いません。吐くほうを長くすることを心がけましょう。呼吸法は1日に何度やってもOKです。1日1分程度でもいいので、呼吸に集中する時間をつくることで、自律神経が整ってきます。
アスリートの力は、自律神経が整うことで引き出されます。逆に自律神経が乱れると「迷い」が生じ、能力がありながらも結果に結びつかない例も多くあります。体を鍛えるだけでなく、自律神経を整えることが高いパフォーマンスを長期間発揮できる力につながるのです。そんなアスリートの夏の疲れを取る方法も、ここまで紹介してきた方法と基本的には同じです。練習や試合後のアフターケアで自律神経を整えましょう。
●食事と睡眠
アスリートにとっても重要なのは食事と睡眠です。自律神経を整えて血流をよくしないと、いくら栄養のある食品を摂っても吸収できません。食物繊維と発酵食品を積極的に摂り、腸内環境を整えましょう。ちなみに、大リーグ、エンゼルスの大谷翔平選手はベンチでよくバナナを食べています。いろいろ試して、自分に合う食品を選ぶことも大切です。
●水分補給と入浴
翌日に疲れを持ち越さないためにも、練習中や練習後は水分補給をしっかり行って脱水を防ぎ、湯船にゆったり浸かって疲れを取りましょう。
●迷いが生じた時は呼吸法を実践
試合中など、迷いや焦りが生じた時は、自律神経を整えるために、呼吸法を取り入れてみるのも一案です。先ほど紹介した「1:2」の呼吸を集中して行うと、不思議と心が落ち着いてきます。呼吸法には即効性があるので、試合中はもちろん、睡眠前のルーティンとして取り入れるのもおすすめです。
自律神経は自分でコントロールできないものですが、自律神経のバランスが整うように働きかけることは可能です。「朝一番にコップ1杯の水を飲む」「発酵食品と食物繊維を積極的に摂って腸内環境を整える」「呼吸法を取り入れる」など、毎日続けることで自律神経は整ってきます。季節の変わり目の今こそ、できることから生活に取り入れてみましょう。