「更年期を、いい変化のチャンスに。」----------二宮さんが立ち上げたスタートアップTRULYは、男女の更年期の課題に取り組むフェムテックカンパニー。様々な更年期の悩み、社会課題の解決を目指して、医療専門家チームの監修による更年期に特化した情報メディアの運営やオンラインでのサポートをしています。誰もが経験する更年期と、どう向き合うべきなのか、お話をうかがいました。
二宮 未摩子(にのみや・みまこ)
2007年に博報堂に入社。営業職として通信キャリア、大手エステティックサロン等を担当。入社3年目の妊娠時、働くことが困難なほどの激しいつわりを経験し、女性の心と体は女性ホルモンの影響を強く受けることを痛感。職場復帰後、社内の事業開発部門で女性向けの商品開発プロジェクトを発足。2020年、更年期の課題解決に取り組む「TRULY」を起業し独立。中学生男子の母。
二宮未摩子さんは大学卒業後、大手広告代理店の営業職として活躍していましたが、3年目に妊娠。激しいつわりの症状に苦しみ、2年間の育休に入りました。身体的な負担、社会の理解の薄さ、キャリアの中断。この時期経験した人生の荒波が、現在の事業のヒントになっていると話します。
「出産したのは28歳。当時、広告代理店の営業職といえば、深夜まで働くのが当たり前の男性社会。子育てと仕事を両立している女性社員はほとんどいませんでした。それでも結婚妊娠というものが、自分の人生の一つの選択肢として訪れて、当然両立できるものだと信じていました。ところがつわりが思いのほかひどくて。最終的にはもう水を飲むのもやっとの吐きづわりになってしまって、出社もできなくなりました。会社も、『もう休みなさい(使い物にならない)』という空気になってしまい、キャリアを諦めることに。2年ほど育休をとった後、開発の部署に復職したのですが……。そもそもつわりがなぜ起こっているかという知識が全くなく、周囲にもただ『つらい』ということしか伝えられず、深い理解を得られなかったことが、ずっと自分の中でモヤモヤ、課題として残っていたのです」
自分のホルモンバランスについて意識的になった二宮さんは、その先の「更年期」について不安を感じるように。それが、更年期についてリサーチを始めたきっかけです。
「実際更年期の方々は、どうやって乗り越えているのかと、いろいろ調べました。ところが、特に何もせず我慢をしている人が圧倒的に多いことに驚きました。さらに、みんな『認めたがらない』。必ず全員が通る期間なのに、『私は更年期ではない』という人がとても多かったのです。老いを認めたくないという心理、更年期=女性として終わったという固定概念が強いな、と改めて感じました。では、社会にどんなソリューションがあるのかと見回すと、目立ったサービスが世の中にはない。更年期とは大きい課題なのに、なぜ何もないんだろうなっていう、なんだか闇に包まれているような、閉ざされている感じに、違和感を覚え出したんです」
新規事業の開発部門で働いていた時、大人世代に関する新規事業をクライアントと一緒に立ち上げる機会があり、そこでアイデアを起案したのがこの事業の原型だそう。
「更年期症状は300種類ぐらいあるといわれています。だから自己診断もしづらい。また、更年期は閉経前後の10年といわれますが、いつその時期に入ったのかも分かりません。治まったと思ったら別の症状がまた出てきたり、個人差も大きいので、共通認識になりづらい。セルフケアや治療法は、本当にたくさんあって、自分に合った選択肢をするという意味でも、更年期についてまずそのメカニズムを知ってほしい。そして生活習慣や体調の変化に意識的になることが大事かな、と思います。起案した当時は35歳ぐらいでしたが、自分が更年期を迎える頃にはもっとサービスや情報が充実してるといいなという、まずは自分のために、という気持ちもありました」
TRULYでは、女性だけでなく、男性更年期のサポートにも力を入れています。
「著名人がメディアでカミングアウトしたり、ニュース番組で取り上げられるなど、ここ数年、男性の更年期については少しずつ注目されています。コロナ禍以降、男性更年期の症状で泌尿器科を受診する人が3倍ぐらいに増えているそうです」
元々男性には閉経というものがなく、40代ぐらいから徐々にテストステロンが低下していきます。急激な変化は起こりにくく、女性のような更年期症状が起こらないといわれてきたのですが、最近はストレスが引き金になって、男性もホルモンが低下することが分かってきました。
「女性に比べると認知度はまだまだ低く、9割以上の男性が、よく分かっていないという状態だと思います。知らないし、当然認めたくもない。何科へかかったらいいかも分からないという人がほとんどです。女性でも更年期症状の悪化で日常生活が困難になる人は、病院でホルモン補充療法をするしかないのですが、男性もそれは同様だといわれています。女性は閉経を止められませんが、男性の場合は治療が必要になる前にも、セルフケアでテストステロンを高めていくことができるので、そこは女性よりも早期から対策を打つことができると思います」
セルフケアで取り入れやすいのは、「筋トレ」。特に下半身のスクワットのような、大腿部の大きな筋肉を使うことは、テストステロンの分泌を促すそうです。
「睡眠障害や男性機能の低下などの改善にもつながるので、早くから運動を習慣化させることは有益だと思いますね」
つらい印象の更年期。実際に症状に苦しんでいる人たちは多く、これから迎える人たちにとっても不安や恐れの対象になっています。更年期をポジティブに受け入れるための心構えは?
「現在、つらい症状を抱えている方に、『ポジティブになろう』とは安易で、誤解がないようにしたいと思うのですが、やはりその先に希望をもつことが大切なのかなと思います。60代、70代の方々って、とても元気な印象がありますよね。エストロゲンによるホルモンの支配から解放されて、テストステロンが優位になるので、男子高校生並みに元気になるとも聞きます」
正しい知識で更年期と向き合い、乗り越えていけたら、次にまた新しい人生が待っている。更年期をどう過ごすかで、次の人生が変わるはず、と二宮さんは言います。
「更年期は通り道、通過点のトンネル。ここをくぐり抜けて、新しい時間や人生を迎えることを楽しみに過ごしていただきたい。私自身もそうしたいと思っています」
閉経後は、さまざまな病気から守ってくれるエストロゲンが急激に減退します。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)のリスクも高まり、全身の乾燥も進みます。
「皮膚、目、デリケートゾーン、もう全身が乾いていく。どんなに高級な化粧水や美容液を使って、エステに行ったとしても(それはリラクゼーションという意味では大切だとも思いますが)、根本的な解決をするためには、ホルモン補充療法やサプリメントの摂取などをしたほうが早いかもしれない。美容には皆さん積極的にお金をかける傾向にありますが、更年期に目を向けて、セルフケアをするという発想にまでは至っていないという現実があります。更年期は我慢するもの、という縛りがまだまだ強いんですね」
「生理は面倒だから、早く終わってほしい」という声もよく聞かれますが、エストロゲンが女性の健康を守ってくれている。ということは、閉経が遅いほうがいい? 閉経を先延ばしにする方法はあるのでしょうか……?
「生来の閉経時期を延ばすことは難しいのですが、逆に早発閉経といわれる、20代から40代の前半で閉経される人が、全体の5%くらいいらっしゃいます。遺伝ももちろんあるのですが、原因として生活習慣との相関があるともいわれているんですね。食事、睡眠、運動、健康的な生活を送っていると、エストロゲンの異常な低下はしづらい。閉経はそもそも決まっていることですが、早めていいことはない、ということですね」
この観点から、二宮さんがとても気になっていることがあるそう。
「若い人の中には、やせ過ぎ、無理なダイエットをしている人が多い、これは本当に心配です。低BMI値の方は早く閉経する傾向にあります。エストロゲンは、脂肪細胞からつくられるものもあるので……」
エストロゲンが低下すると、自律神経が乱れ、心身共に様々な症状を引き起こします。自律神経を整えるという意味でも、運動がやはり効果的だそう。幸せホルモンといわれるセロトニンは、ホルモンからつくる力が弱まったとしても、運動によって補うことができるといわれています。
「メンタル状態もよくなりますよね。私も去年から運動量を意識して増やしたのですが、すごく楽になりました。ホットヨガにパーソナルトレーニングも加えて、さらに自宅でも筋トレをするようになったら、眠りの質がとてもよくなったんですよ。これまではストレスで夜中に起きてしまうこともありましたが、今はぐっすり眠れるので、少し嫌なことがあっても回復スピードが早いですね」
また二宮さんは、食事にも気をつけているそう。朝ごはんはご飯、納豆、卵、鮭の塩焼きといった和定食。また、週に一度、大鍋で鶏の手羽元と生姜とねぎを煮込んだスープを作り、毎朝飲んでいるとのこと。
「このスープがあると、午後や夜の食事が適当になったとしても、ちょっと安心。運動した日にはプロテインを飲むなどタンパク質は意識して、なるべく体にいい油も摂るように心がけています」
「更年期ケアが進むイギリスでは、“Change of life”『更年期が終わればその先に新しい人生が待っている』という認識が広まり、支援制度も充実しています。屋外広告や、駅のホームの看板などに、笑顔の女性の写真を使って、更年期ケアの啓発を分かりやすく発信している様子をよく見かけるのですが、こういう面では日本はまだまだ遅れているなと感じます。私たちもスタートアップとして、各メディアを通じて活動をしようとしていますが、もっと大きな規模で国内キャンペーンができたら、少しずつ変わっていくのでは」
これまでのネガティブなイメージを払拭させて、セルフケアで人生を充実させていこうというメッセージの発信や、ブランディングによって、さらに世の中の理解を広げていきたい、と二宮さんは意欲的です。
「女性ホルモンが活発だから、更年期の症状も起きている。今まで当たり前にできていたことができなくなる、それがしんどいということは、それだけ頑張ってきた証拠だと思うんですよね。更年期とは、見方を変えれば、女性である楽しみ。頑張ってきた自分が、休憩をして、自分と向き合う大切な時期なのかもしれません。更年期に見つけた自分自身の気づきや、個人としての楽しみを、何かしらの形でサポートするために、役立つツールを作り続けていきたいと考えています」
取材・文/山野井春絵 写真/後藤渉