経済産業省が2024年に発表した試算によると、男性の更年期症状による経済損失(欠勤、パフォーマンス低下、離職など)は約1.2兆円に上ります(※1)。2025年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2025 ~「今日より明日はよくなる」と実感できる社会へ~」(骨太方針2025)では、「性差に由来した健康課題」への対応に取り組むことと、その中に男性の更年期障害を盛り込むことが明記されました。今後は国としての対策強化が見込まれます。
男性更年期の認知度はいまだに低く、自身が更年期であると考えたり疑ったりしたことがない20~64歳の男性の割合は、年代にかかわらず80%以上(※2)。しかし、平澤先生のクリニックに相談に訪れる男性の数は年々増え続けているといいます。
最初に男性更年期障害(LOH症候群)の症状として表面に出てきやすいのは、「これまで通りに仕事ができない」「朝からだるい、やる気が出ない…出社が面倒だ」といった心の症状です。男性更年期への理解を深め、不調に悩む男性の治療につながるように、女性の更年期との違いや、男性更年期に深くかかわるストレスについて解説します。
(※1)経済産業省「令和5年度ヘルスケア産業基盤高度化推進事業(ヘルスケアサービス市場等に係る調査事業)」
(※2)厚生労働省「更年期症状・障害に関する意識」査」
日本医科大学卒業。医学博士。日本医科大学付属病院、三井記念病院などを経て、1992年に「マイシティクリニック」を開業。2024年より現職。2014年から東京医科大学地域医療指導教授として医学生の教育にもかかわる。「テストステロン」の研究者として、「熟年期障害」の治療、高齢者の健康を守る取り組みを数多く実践している。著書に『こっそり治す「夜間頻尿」人に言いづらい悩みを泌尿器科の名医が解決!』(ワニブックス)などがある。
更年期症状が起こる原因
男性 |
女性 |
男性ホルモンであるテストステロンの減少。 |
女性ホルモンであるエストロゲンの減少。 |
男女共、更年期症状が起こる主な原因は、性ホルモンの減少です。
テストステロンは、20歳前後をピークにその後緩やかに減少していきますが、エストロゲンは40代から急激に減少するという違いがあります。テストステロンの減少は主に加齢によるものですが、実はストレスによっても大きく減少することがあります。
更年期症状が起こる年代・期間
男性 |
女性 |
40代以降どの年代でも起こる可能性がある。個人差が大きく、いつ始まりいつ終わるのか分からない。 |
一般的に閉経の前後5年ずつ、計10年間を指す。個人差はあるが、日本人の閉経の平均は50.5歳とされることから、おおむね45歳から55歳あたりが該当する。 |
男性の更年期症状が発症しやすいのは40代以降ですが、決まった期間があるわけではなく、30代など若い世代も無関係ではありません。また、全ての男性が更年期を迎えるわけでもありません。
女性の更年期との一番の違いであり、つらさを感じるところは、男性更年期は「終わりが見えない」という点。そのことがストレスとなって、さらに症状が悪化してしまう場合もあります。
主な更年期症状
男性 |
女性 |
<体の症状>
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<体の症状> 筋力低下、関節や筋肉の痛み、異常発汗、ほてり、肥満、頻尿、尿もれ、骨がもろくなる、肩こり、頭痛、冷え、疲れやすい、動悸、息切れ、性交痛、外陰や腟の萎縮・乾燥・かゆみ、不正出血 など |
<心の症状> 元気がない、楽しくない、興味ややる気が失われる、不安、不眠、うつ症状、集中力や記憶力の低下、イライラ、パニック など |
中でも最初に男性更年期障害(LOH症候群)の症状として表面に出てきやすいのは、「これまで通りに仕事ができない」「朝からだるい、やる気が出ない…出社が面倒だ」といった心の症状です。うつ病の症状とよく似ているため、治療にあたっては、男性更年期障害(LOH症候群)に見られる症状の程度をチェックする「AMS調査票」と、うつ症状の状態を調べる「M.I.N.I.問診票」でのチェックを同時に行います。
このような症状が特に現れやすいのは、職場で中間管理職のポジションに就いている人も多い40、50代。それに対して30代は、男性機能の低下から受診するケースが多く見られ、その状況が長引くとストレスとなり、心の症状につながってしまう場合があります。
男性更年期の認知度が低いことやいつ起こるか分からないことなどから、自身の体調の変化が更年期と結びつけられなかったり、つらさを周囲に理解してもらえなかったりすることも課題です。
テストステロンの産生を妨げるストレス
男性の場合、テストステロンは、脳の下垂体から分泌される性腺刺激ホルモン「LH(黄体形成ホルモン)」の指令を受け、主に精巣でつくられます。過度なストレスを感じると、体が抗ストレスホルモンであるコルチゾールをつくることを優先するため、コルチゾールと同じくコレステロールを原料とするテストステロンは産生量が減ってしまいます。また、テストステロンは前向きさややる気といった精神面の健康にも深くかかわるため、減少すると不安感や落ち込みなどが増し、ストレス耐性も低下して悪循環に陥ることもあります。
このようにストレスは、男性の更年期症状と深くかかわるものです。どの年代でもストレスはありますが、特に多い働き盛りの世代は、下記のようなストレス要因から高ストレス状態になりやすいといえます。
●職場でのストレス
・長時間や高負荷の労働
・責任の増加
・結果を求められるプレッシャー
・上司や部下との人間関係
・キャリアアップへの不安
●プライベートでのストレス
・妻や子どもとの関係性の変化
・介護問題
・経済的不安
・体力の低下や病気への不安
・友人や親戚、近隣住民などとの人間関係
無理をしてストレスをためやすい日本人男性
価値観が多様化する中でも、日本で昔から受け継がれてきた「男らしさ」「女らしさ」への意識はなかなか変わらないのが現状だと平澤先生。そのため日本人男性は、つらくても無理をして、1人で抱え込んでしまいがちです。特に、次のような人はストレスをためやすいタイプであり、通勤時間が長い、睡眠時間が短いといったストレスを感じる条件が重なると、男性更年期の症状を起こしやすくなります。
・真面目で責任感が強い人
・頼まれると断れない人
・融通が利かず気持ちの切り替えがうまくできない人
・自分の感情をあまり表に出せない人
・せっかちで余裕がない人
・他人への気配りが過剰な人
・競争心が強く他人からの評価が気になる人
・自己肯定感が低くマイナス思考な人
しかし、「真面目で責任感が強い」「他人への気配りができる」などは、人として決して悪いことではなく、世間での信頼にもつながるものです。また、気質や性格はそう簡単に変えられるものでもありません。大切なのは、自分がどのようなタイプかを把握して受け入れ、限界を超えそうになったら無理をせず、ストレス要因から距離を置くように調整することです。
おすすめのストレス解消法
ストレス要因は人それぞれです。まずは自分が何にストレスを感じているのかを把握し、自分に合った対処法を考えていくとよいでしょう。ストレス解消に役立つ方法には次のようなものがあります。ぜひ試してみてください。
①適度な運動を習慣化する
運動は気分転換になると共に、自律神経の調整や血行促進につながり、ストレスや疲労の緩和に役立ちます。また、スクワットなどで足や背中の大きな筋肉を鍛えることや、姿勢をよくして胸を張ることには、テストステロンを増やす効果も期待できます。負荷が高い運動を行うより、適度な運動を習慣化するのがコツです。
②バランスのよい食事を摂る
バランスのよい食事は、健康でストレスに負けない体づくりの基本です。ストレスがかかると、細胞を傷つける活性酸素が増加するので、抗酸化作用のあるビタミンCやE、リコピン、アスタキサンチン、亜鉛などを含む食べ物を意識して摂るとよいでしょう。食事の補助としてサプリメントを活用する場合は、過剰摂取にならないように注意してください。
③質のよい睡眠をとって心と体を休める
睡眠不足がストレスになる、ストレスで睡眠の質が低下するといったように、睡眠とストレスは互いにかかわり合うもの。睡眠中は、脳の中の情報整理や自律神経の調整、心身の疲労回復などが行われ、ストレス解消にも大切な役割を果たします。睡眠は時間だけでなく質のよさも意識しましょう。
④親しい人と楽しい時間を過ごしたり、趣味や興味があることに取り組んだりする
楽しい、面白いといった、前向きで心地よい興奮は、気分転換やストレス発散になると共に、テストステロンの分泌量にも好影響を与えます。体を動かすことに限らず、知的好奇心を刺激することでも効果があります。
⑤自然と触れ合う
植物には、人間のストレスを緩和する力があります。わざわざ自然豊かな遠方まで出かけなくても、部屋に植物を飾ったり、窓から木々を眺めたりするだけでも効果が期待できます。
⑥人に話を聞いてもらう
人に話を聞いてもらうだけでも、ストレスは軽減できます。信頼できる人に悩みを聞いてもらったり、ストレスの原因が解決しづらい問題であるなら専門家に相談したりするとよいでしょう。
⑦腹式呼吸や筋弛緩法(きんしかんほう)などを取り入れる
腹式呼吸や、体にグッと力を入れてから緩める筋弛緩法は、リラックス時に働く副交感神経を活性化して自律神経を整え、心身の緊張をほぐすのに有効です。筋弛緩法のやり方は、大正健康ナビの動画「自律神経ケア簡単リラックス法 POSE2 体の力を入れて抜く筋弛緩法(きんしかんほう)」を参考にしてください。
女性のテストステロンにもストレスは影響する?
男性ホルモンのテストステロンは、男らしさや主体性、リーダーシップに影響するホルモンであり、会社の上司や家庭の大黒柱としての役割などが求められると分泌量が増加します。テストステロンは、女性の体でも卵巣や副腎から分泌されており、閉経後はエストロゲンの代わりに健康維持をサポートしてくれる存在です。
女性の社会進出が進み、職場の重要なポジションに女性が就くケースが増えてきましたが、そのような女性は男性の場合と同様にテストステロンの分泌量が高まることが分かってきました。女性のテストステロンもストレスの影響によって減少する可能性はあり、今後の研究によって明らかになることが期待されています。
男性の更年期症状に気づくきっかけづくり
男性の更年期症状の相談に医療機関を受診する人の中には、自覚がなく、家族や周囲の人から指摘されたという人も多く見られます。症状が悪化する前に治療につなげるためにも、早めに男性更年期の可能性に気づくきっかけづくりが必要です。
2025年の労働安全衛生法の改正により、それ以降3年以内に、労働者の数にかかわらず全ての事業場でストレスチェックを実施することが義務づけられました。ストレスチェックとは、労働者のストレスの状態を調べ、対処に役立てたり、職場環境の改善につなげたりするもの。男性の更年期症状に気づくきっかけにもなり得ます。しかし、残念ながらいまだに医療機関でも男性更年期の理解が進んでいない面があり、有効に活かせているとは言い難いのが実情です。平澤先生は、医療機関への啓蒙も重要だと考えると共に、40代以上の男性を対象にした健康診断に、テストステロン値の検査を加えることも提唱しています。
男性の更年期症状の予防や対策は「アンチエイジング」
男性更年期には、「男らしくなくなる」「おじさんがかかるもの」などといったネガティブなイメージがつきまといます。男性自身の更年期に対する意識を変える必要もあるでしょう。
男性の更年期症状の予防や治療は、気力や体力に満ちた若々しい自分を保つのに役立つアンチエイジングだといえます。そう考えれば、前向きに対処することができるはず。30代でもシニア世代でも、いつからでも取り組み始めるのに遅いことはありません。疾患ナビ「男性更年期障害(LOH症候群)」を参考に、日々の生活を見直してみてください。